第9話 希望

「分かります。私もそう思っていました。もう、みんな疲弊しています。最近余裕がなくて、楽しい話もできなくなって……。私、前のように平和なときに戻りたいです」

「レネア……」


 するとアシュリーの表情が、ようやく緊張の解れたように和らぐ。緊張をし続けている現場で、彼女のこういう顔は久しぶりに見た。


「この包帯を使ってください。付いていた簡単な紙には、『小さい怪我で数時間、大きい怪我でも十日で治る』と書いてあるので、あの少年の怪我くらいであれば、この包帯にとってはそれほど大きな怪我ではないのかもしれません」


 そう言ってレネアは、包帯に巻かれていた小さな紙をアシュリーに渡す。


「これは?」

「説明書のようなものです」

「これだけ? 他にはないの?」

「ありません」


 すると中身を読んだ彼女は苦笑した。


「確かにこれだけじゃ、ただの包帯とも思わなくもないわね。それにしても魔法具そのものを作るのが技量がいると聞くのに、治療魔法ができるものを作るなんて……。作った人は天才ね。誰が作ったのかしら?」


 アシュリーの問いに、レネアは「分かりません」と答え、言葉を続けた。


「薬屋さんも、人からもらったものだと言っていました」

「そう……。でも作った人も、レネアに魔法具を譲ってくれた人も善良な方なのでしょうね。もしお金にしたら相当な金額になったでしょうに」


 魔法具は高価でもある。そのため、なかなか一般市民が買うのは難しく、大抵はお金持ちしか買わない代物だ。逆に言えば、魔法具を作ることができれば、一獲千金を夢見ることが可能である。


「私もそう思って受け取れないって言ったんですけど、『自分は使わないから』って、半ば押し付けられる感じで渡されてしまって……」

「そう……」


 アシュリーは優しく包帯を撫でると、説明書と共にレネアに返した。


「でもこれで患者を救えるわね。どんどん活用していきましょう」

「はい」

「ただ、治療魔法が使える魔法具の存在を知られて、盗まれる可能性もあるから、もし誰かに聞かれたら私が治療魔法を使えることにしましょう。それまでは、『この施設の誰かが治療魔法が使えるけれども、誰だか分からない』としておくこと。そのほうが、私たちにとっては都合がいいでしょうから。それでいいわね?」

「構いません」

「よかった」


 アシュリーはほっと一息つくと、「ところで」と切り出した。


「傷が治ったのはいいんだけど、私が少年の傷を縫ったときの糸ってどうなったのかしら?」


 レネアは今朝の少年の足の状態を思い出す。とてもきれいだったし、糸もなかったので、すでに抜いたのだと思っていた。


「抜糸したんじゃないんですか?」


 だが、アシュリーは首を横に振る。


「いいえ。私は何もしていないわ。ただ、彼の足元にはまるで使っていないような状態の糸は残っていたけれど……」


 ということは、魔法具の包帯が何かをしたということである。レネアは首をひねり、一つの答えを導き出した。


「もしかすると包帯は治療している最中に、不要になった糸を勝手に抜くのでは?」

「そうなの?」


 尋ねられたが、レネアも本当のことは分からない。慌てて「いえ……そうなのかなと思っただけです」と付け加え、説明を続けた。


「先ほども申しましたが、包帯に付いていた説明書はこれだけです。ですから、私にも本当のところは分かりません。ただ、きれいに治っている状態に、糸が残っているのは変だろうなと思ったので、魔法具が何かしたのかと思ったんです。折角治っても、糸だけ残ればその部分が傷跡になってしまうので」

「言われてみればそうかもしれないわね。糸で縫った傷は小さいものだから、あまり分からないとは思うけど、まるで元通りに戻ったようにきれいに治るのだから、それすらもない方がいいものね」


 アシュリーが納得したので、レネアは安堵する。


「そう思います」

「では、どんどんこの包帯を使っていきましょう」

「はい」


 こうして、薬屋の店員から貰った包帯が、積極的に治療に使われることになったのである。


 実際それを使い始めると、みるみる患者の数が減っていった。

 最初は大きい怪我をした者だけに使っていたが、その人数がピーク時よりも半分以下なったころ、小さい怪我だけれども患者が子どもというときも使うようになっていった。

 小さい傷は早いと数十分で治ってしまう。そのため怪我をする人たちは相変わらず多いものの、施設に入院する患者の数も減っていったことで、看護師たちの負担もだいぶ減っていった。


 忙しない日々を過ごしている間に、再び薬屋の店員が医薬品を置きに訪ねてくれた。だが、以前来た人にお礼を言おうと思ったが、その人はもう辞めたという。

 レネアは残念な気持ちになったが、包帯を使うたびに心のなかでお礼を言うのだった。

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