第10話 怒鳴る男と魔法学校への不信

*****


 魔法具の包帯を使い始めて、ひと月経ったころ。

 戦いに巻き込まれて両足に大怪我をした男が、施設にやってきた。いや、正確には施設のエントランスで倒れていたのを、フレイが見つけたのである。


 ここまでたどり着いたときに気を失ったのだろう。施設に来たものは等しく治す義務があるので、レネアたちはいつものように魔法具を用いて完治させた。


 もし、魔法具の包帯がなければ、足が不自由になっていたか、最悪切断することになっていたので、目覚めればきっとまた元の生活に戻れることを喜ぶだろうと思った。だが、怪我をした男は目を覚ますなり、自分の足が治っていることに突然怒りだしたのだ。


「何で全部治っちまっているんだ!」

「私たちは怪我をした人たちを治すためにいるんですから、当然でしょう」


 怒鳴る男に、包帯を変えるために巡回しに来たエラが、毅然きぜんとした態度で対応する。レネアも同席していたが、男の威圧に押され、先輩看護師の体に半分隠れるようにして後ろに立っていた。男とエラの攻防は続く。


「あの状態の足が治るわけがないだろう!」

「治療魔法を用いて治しました」

「治療魔法が使える奴がいるなんて聞いていないぞ! 誰だ! そいつを出せ!」


 声が大きかったのだろう。騒ぎに気づいたアシュリーが、隣の部屋から移動してきて顔を見せた。


「それは私です。しかし、何が気に喰わなかったのかお教え願えないでしょうか」

「完治させたことに決まってるだろう! もう戦いなんてうんざりなんだよ。だが、完全に治ったらまた戦いにいかなくちゃいけないじゃないか。ちくしょう! だから、西の施設に行こうって言ったのか……! 完全に治ったらまた戦わせるために!」


 彼はそういうと、拳を握って自分の太ももに振り下ろした。その様子を見ていたエラとフレイは顔を見合わせる。

 どうやら彼は、誰かに誘われて来たようである。それも「完治する」ではなく「その傷でも命が助かる」くらいに言ったのであろう。

 詳しい経緯いきさつを聞きたい気持ちはあったが、それよりも聞かなければならないことがあったので、アシュリーは戦いのことについて尋ねた。


「完全に治ると戦場にまた狩りだされるんですか?」

「そうだ。だから俺は今回の怪我でほっとしたんだ。足が動かなくなれば、戦場に出なくて済むと思ったから。あんたら知らないのか?」


 男はぎろりとレネアたちを睨みつけた。

 だが、こちらも難癖をつける患者には慣れている。特にアシュリーは怯むこともなく、誠実な態度で彼に謝った。


「すみません。私たちは患者を診るだけで精一杯で、戦況が分からないのです。ですから、どうして戦いが始まったのかもまだよく知らなくて……」


 すると男は見るからにきまりの悪い顔をした。怪我をした者を助ける人を責めるのは、さすがに良心が痛んだらしい。

 しかし彼にも言い分があるようで、ぼそぼそと呟いた。


「戦いが始まった理由なんて俺たちにも分からねぇよ。言えることは二つだけ。学校が何かを隠しているってことと、それを暴こうとしている奴らがいるってこと。なんでそんなことになったのか知らねぇけど、学校側がクズだってことは分かった」

「どうしてそう判断されたんですか?」


 アシュリーは、できるだけ静かな声で尋ねた。

 男は彼女をじっと見て、話を聞いてくれる態度だと分かるとはっきりと言った。


「俺たちは学校側の人間だ。何故なら、相手が反逆者だから。だから俺たちは学校を守らなくちゃいけない。それで手伝いを頼まれたから行ったんだが、学校は俺たちを盾にしたんだ」

「え?」


 レネアは驚いて声を出す。だが驚いたのは他の二人も同じで、エラは目を見開き、アシュリーは息を呑んだようだった。

 それは「学校が、戦いのなかで一般人を盾にしている」のがあり得ないことだったからだ。アシュリーは、彼に再び聞いた。


「盾というのはおかしくないですか? 私たち一般の魔法使いたちは、魔法によって戦うことを禁じられています。戦うのは『騎士』と言われる者たちです。ですから、戦争になったからといっても、私たちのようなものは、後方支援するのが普通のはずです。学校で戦闘魔法を教わることもないのですから」


「だが、防御だけは習う。何かあったときに身を守れるようにってな。あんたたちだってそうだろう? 魔法使いの子どもが行く学校はあそこしかないんだから、年代によって教わったことは多少違うことはあるかもしれないが、魔法学校の方針はこの百年ほとんど変わってないはずだぜ」

「では、本当に盾にしているということですか?」


 アシュリーの問いに、男はせせら笑った。


「そうさ。戦いの素人である俺たちを最前線に並べるんだ。そして盾の魔法を張らせて我慢していろとさ。学校が何考えているのか分からないが、戦いははっきりいって相手の方が上手うわてだ。崩れるのも時間の問題だろう。だから俺は戻りたくない。命が欲しい。もう、戦いたくない」


 アシュリーはしみじみと頷いた。男の「逃げたい」という気持ちは、レネアも共感できた。一部の人間が始めた戦いに巻き込まれたら、誰だって逃げたくなるものだろう。


「……そうだったんですね。でも、治っても逃げることだってできるのでは?」


 すると男は大きなため息をついた。


「それができればいいがな……」


 その呟きは、まるでこの戦いから逃れられないといっているかのようで、レネアは魔法学校とウーファイアの戦争のなかで、「戦い」以外の何かが起こっているのを感じ始めていた。

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