第11話 それは甘えなのか
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「両足を怪我した男に、治療したら怒られた一件」からひと月が経った。
あの出来事以来、治療に時間をかけるように申し出る人たちが増えてきている。特に男性が多く、治れば戦いの前線に送られているからだろうと思われた。
その一方で、女性や子どもの来訪も多くなってきている。
最近この施設は、「治療魔法が使える医者がいる」と噂されるようになっているらしく、体に傷を残したくない女性と、これからの未来がある子どもが、多くここへ来るようになっているようだった。
しかし診る人数が増えても、治療魔法が使える魔法具があるお陰で、戦争が始まった当初に比べるとずっと余裕があるが、それでも治療を長引かせたい人が増えてからは、再び忙しくなりつつある。
「最近、治療に時間をかけてほしいっていう人が多いですよね……」
休憩時間になると、レネアは先に休憩をしていた先輩看護師のリルに尋ねた。
すると彼女は、出したばかりのお茶を飲みながら呆れたように答える。
「みんな戻りたくないってことでしょう? 甘えじゃないの?」
鋭く言う彼女に、レネアは驚く。
施設がこんなに忙しくなる前までは、切って捨てるような言い方などしない人だった。
だが、レネアは知っている。ここに多くの怪我人が訪れてからというもの、一緒に働いている者たちの心がすり減っていることを。リルは看護師のなかで、レネアよりも二つ年上の先輩だが、他の四人から比べると若いし経験も浅い。
そのためレネアは、彼女が変わったのは幾人もの怪我人が亡くなっていくのを目にしていたせいで、冷たい態度をとるようになってしまったのだろうと思っていた。
「甘えなんですかね? でも誰だって戦いはしたくないものじゃないですか?」
レネアは彼女の気持ちも汲み取りつつも、怪我をして「治療したくない」という人たちを擁護したい気持ちもあって、やんわりと聞き返した。
「そうだけど、こっちだって人が増えたら大変なのよ」
「そうですけど……」
「気になるなら見てくれば?」
「えっと……それはどういう……」
レネアが何といったらいいか分からず困っていると、リルは冷たく言い放った。
「そのままの意味だよ。学校とウーファイアって魔法使いの戦いを見に行ってみれば? 生きて帰って来られるかは分からないけどね」
リルがじっとレネアを見る。目の下にはクマができていた。仕事の量もまた増えつつあるし、精神的な消耗が激しいのだ。ふとした瞬間に、考えなくて良かったことを考えなくてはいけなくなったせいで。
その一つには、レネアが薬屋からもらった包帯もある。「一週間早く出してくれていたら、助かった命があったのに!」と、別の看護師に愚痴っていたのをレネアは知っていた。
どう返そうか悩んだが、正直な心境を言った。
「……笑えない冗談です」
すると、リルは口元だけで笑った。
「だから、学校のことを気にするなって言ってんの。知ったら最後、私たちもここにはいられなくなるかもよ」
「……」
実際、この先どうなるのか、本当によく分からなかった。
施設にいる限り、学校周辺で起こっている戦争については何も分からない。
患者から聞こえてくるのは、学校に対する不信感と、戦いによって今までの生活を送れなくなっていることへの、怒りと悲しみのような愚痴や嘆きばかりである。
それは仮に戦いが終わったとして、学校が再びこの島の中枢としての機能を再び担えるのか分からないからだ。戦いが起こらなければ、これまで通りだったのに。
自分たちはただただ、ここへ来る怪我人を治すことだけしかできることはない。
繰り返される痛ましい日々に終わりが来ることを、レネアは心で祈るしかできなかった。
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