第8話 問い

「包帯?」


 アシュリーは呟いた後、疲れた様子で嘆息する。


「レネア、私は忙しいのよ。からかわないでくれる?」


 信じていないのだろう。だが、その気持ちはよく分かるので、レネアは彼女が信じてくれるように説明した。


「からかっていません。これがあの少年の足を治したんです。これは薬屋の店員さんからいただいたもので、どうやら治療魔法ができる魔法具らしいのです……」


 すると彼女はわずかに眉をひそめた。


「魔法具?」

「はい」

「……触っても?」

「構いません」


 アシュリーはレネアの手のひらから包帯を取ると、まじまじとそれを見る。


「普通の包帯と、何ら変わらないように見えるけど……」


 彼女の呟きに、レネアは頷く。


「私もそう思っていました。でも昨日のことが事実なら、治療魔法ができる魔法具で間違いないです」

「薬屋の店員からもらったと言っていたけれど、それはいつ?」

「一週間くらい前です」

「何故それを黙っていたの?」


 アシュリーの質問に、レネアは気後れする。

「治療ができる包帯」があるせいで、彼女を含め同僚に困惑させるようなことをしたのだとしたら、言うべきではあった。だが、まさか本当の魔法具だったとは思わなかったので、忙しいなか言うわけにもいかなかったのも事実だ。

 レネアはごくりと唾を飲みこみ、正直に話した。


「それは個人的にもらったものでしたし、本当に魔法具だとは知らなかったんです。ですから、下手なことをお話して現場を混乱させるより、言わない方がいいかと思って……」


 アシュリーは納得したのかは分からないが、小さく頷いた。


「そう。では、治療魔法の技術がどれほど高度で、それゆえに魔法具になったら高価になることは知っているわよね。薬屋は何故、レネアにタダでこれを渡したのかしら?」


 それはレネアも疑問のことだった。彼女は大きく首を横に振る。


「分かりません。私が使うよりここで多くの方を救って下さいとは言ってましたけど……。それだって、私が『最近忙しい』って愚痴をこぼしたから、普通の包帯を『魔法具ですよ』って慰めのつもりで言ったのかと思っていたんです」

「では、昨日初めて使ったのはどういう理由? 使うつもりがなかったのに何故昨日は使ったの?」


 強い問いだった。彼女の質問から察するに、レネアが治療魔法の魔法具を独り占めしようとしていないか、確認していたのだろうと思われた。分からないでもないが、言いがかりである。


「包帯がなかったからです。洗ってあるものもありませんでした。それで消去法で使ったらこんなことに……」


 レネアが答えたあと、アシュリーはしばらく黙っていたが、何か整理がついたのか「そういうこと」と呟いた。


「事情はよく分かったわ。まあ、昨日この包帯を使っている時点で、あなたは本当にこれが魔法具だとは信じていなかったってことね」

「そうです」


 アシュリーは右手で額を抑えると、大きくため息をついた。どうやら疑いは晴れたらしい。


「まあ、本当のことを言うと、レネアが治療魔法を使えるかどうかは、どちらでもいいのよ。あなたが協力してくれるならね」

「協力?」


 レネアは慎重な声で聞き返す。


「分かっていると思うけど、今この施設はあなたも含めて、みんなの我慢のお陰で保っている状態よ。でも、怪我人の人数は増えるばかり。これ以上増えていったら、私たちの方が音を上げてしまう」

「はい」


 レネアは頷く。


「だから、その包帯を使わせてほしい。言っていることは分かるわね? それは薬屋の店員とあなたが、個人的にやり取りしたものかもしれないけれど、私たちには必要なの。治療を請け負ってくれる道具があるならそれに頼りたい」


 それはレネアも同感だった。

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