第7話 兆し
(本当だったんだ……。薬屋の店員がくれた包帯が、治療魔法が施された魔法具ってこと。まさか、本当に巻いただけで傷が治るとは思わなかった。しかもこんなに早く……)
患者の傷が早く治ることは嬉しいことだ。だが、その一方で面倒事が待ち構えていることに、レネアは大きなため息をついた。
(話かぁ。もしかすると施設長は、私が『治療魔法を使えるのに隠していた』と疑っているんじゃ……。昨日の少年の治療で関わったのは私だけだし、
しかし、言うことは決まっている。
——薬屋の店員からもらった包帯のお陰。
それだけである。
(何を聞かれるのかなぁ……)
杞憂かもしれないが、そんなことを思いつつ一旦仮眠室に戻ると、服を着替えたり、顔を洗ったり、歯を磨いたりする。茶色いセミロングの髪もしっかりとブラッシングし、首元の辺りで結ぶと、くるりと回して一つにまとめる。
本当は髪も体もお湯で流したかったが、一人用の簡易風呂場はすでに誰かが使っていたので諦めた。
レネアは一通りの身支度を終えると、廊下に出ていたシーツが山盛り入れられている籠を持ち上げる。結構な量があるなと思っていると、近くの部屋から出てきたリルという看護師が「レネア! 手伝って!」と言った。人手不足なので、手が空いてそうな人は捕まえたいのだろう。
レネアもその気持ちはよく分かるが、今はその仕事を受け入れるわけにはいかない。
「すみません、今は施設長の命令で全雑用をすることになっているんです」
「は⁉ 何それ⁉」
彼女は、驚きと苛立ちが混じり合ったような反応する。
当然だなと思いつつも、レネアはここにいると責められると思ったので、「事情は、あとでフレイさんか施設長からあると思います。すみません」と言ってそそくさとその場を去った。
その後もレネアは他の部屋にあったシーツや患者服、タオル、汚れた包帯などを回収したが、部屋の前を通るたびに「手伝って!」と言われ、心苦しく思いながらも断り、さっさとその場から逃げるのだった。
「はぁ……」
レネアはやっとのことで全ての部屋の洗うものを回収すると、薬屋からもらった包帯がまぎれないようにしながら、魔法を使って洗濯物を始める。裏手の庭はいつものごとく
「前みたいに戻ってくれたらいいのに……」
大きな鍋で湯を沸かし、そのなかに一度洗剤で洗ったものを入れて、煮沸消毒しながらそんなことを思う。
必要だからと作られた施設ではある。だが医師一人に看護師六人の状況で、毎日十数人来る患者を診て、これまで来た人たちの世話をしていくのは限界に近い。
(もしかすると施設長は藁にも縋りたい思いなのかもしれない。半日で大けがも治る治療魔法……。それがあれば私たちの負担も減るから)
レネアは煮沸消毒した衣類などを魔法で絞ると、どんどん物干し竿に干していく。「乾燥」もやろうと思えば魔法でできるが、洗濯物よりも少し高度な技術と魔力が必要なので、あの包帯以外は、そのまましておくことにした。
「よし、終わり」
すべてが終わったところで、裏手にフレイが彼女のことを呼びに来た。
「レネア、施設長が呼んでる」
「はい、分かりました」
薬屋からもらった包帯を手にすると、レネアは施設長のところへ向かった。
*****
「失礼します」
「そこに座って」
レネアが部屋に入るや否や、施設長のアシュリーはすぐに指示をする。
「はい」
レネアは指示された通り、アシュリーの前に置いてあった木の丸椅子に座った。
「時間がないから単刀直入に聞くわ。昨日の少年を助けたのはレネアね? 治療魔法が使えることを何故黙っていたの」
アシュリーに責めるような口調で言われ、レネアは慌てて弁明した。
「ちょっと待ってください、施設長。彼を治したのは私ではありません」
「いえ、どう考えてもレネアしかいないのよ。私は治療魔法は使えないし、少年のお母様にも尋ねたけれど、使えないと言っていた。そもそも治療魔法が使えたら自分で治せるはずだから、念のため聞いただけだけど」
先ほどレネアが考えていたことと同じことをアシュリーは口にする。しかし、問題はそこではない。やはり彼女はレネアのことを誤解していた。
「施設長、話を聞いてください。彼を治療したのは私ではないんです」
「では誰が彼を治したというの? 奇跡が起こったとでも?」
まくし立てるように言う彼女に、レネアはポケットからあれを取り出す。
「奇跡を起こしたのはこれです」
そう言ってレネアは包帯を手のひらに載せると、アシュリーに見せた。
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