第6話 夜が明けると
(どうしよう、包帯がない……!)
レネアは額に嫌な脂汗をかくのを感じた。
包帯が備品室にないということは、新しいものもなく、洗ったものも戻ってきていないということである。
(誰か洗っている人いるかな……? もしいなかったら私が洗うとして、先に道具と消毒液を持って行けば何とか……ああ、駄目だ。手術の補佐は絶対に必要だし、誰かに変わってもらうのも無理……。どうすれば――あっ)
そのときふと、あることを思い出したレネアは、一度備品室を出て控室へ行くと、私物が入っている箱を開けて探る。するとそこには、先週薬屋からもらったひと巻きの包帯が入っていた。
「頼むわよ……」
レネアは独り
その後、アシュリーの懸命な処置のお陰で少年の怪我は無事に縫い終わった。
しかしその間にも何人か施設にやって来るので、アシュリーは休むことなく次の治療へ向かってしまう。レネアは彼女の代わりに術後処理をし、少年の足に包帯を巻くと、薬屋の言葉を思い出して祈った。
(この包帯が魔法具かどうかは知らない。でも、この子の痛みが和らぐのなら、すぐにでも治して……!)
彼女はそう言ってすべての処理を終わらせると、また別の仕事をしに施設のなかを走り回るのだった。
――――――――
「レネア! レネア起きて!」
「なん、ですか……フレイさん?」
夜が明ける少し前。
疲労のため、そのままの格好でベッドに横になったレネアを起こす声が聞こえた。もう少し寝かせてほしかったが、そうも言っていられない状況なのだろうと思い、のそっと起き上がる。するとこの施設で二番目に偉く、中年のフレイは驚くことを口にした。
「昨日の夜に運ばれた、男の子の傷がもう治っているのよ!」
レネアはその意味に気が付くのに数秒要した。
「え……?」
「だから、男の子の足の怪我が治っているの! ちょっと来て!」
「え、ええ?」
戸惑いつつも、寝起きのままフレイに手を引かれ、男の子がいる病室に入る。そして厚手のカーテンで区切られた一角を開けると、そこにはきょとんとした顔をしてベッドの上に座っている少年と、彼の母親、そしてアシュリーがいた。
「来たわね」
アシュリーはクマが出来た顔をレネアに向けると、少年のふくらはぎを指さした。そこは昨日彼が怪我をし、彼女が縫ったところだ。
「見て」
「……はい」
短く指示されて、レネアは傷を見た。傷口を縫った糸もすでに抜糸したらしい。しかし、まるで傷があったことなど嘘のように、跡すらもなく、きれいに傷が治っていた。
「治ってますね」
「ええ」
アシュリーは頷き、暫し沈黙すると少年の母親に言った。
「念のため様子を見るからもう少しだけいてもらいます。お昼過ぎまでに何もなければ、帰って構いません」
「ありがとうございます……! 本当にありがとうございます……!」
拝むように言う彼女に、アシュリーは「声を抑えて」と言った。
「まだ他の患者さんが寝ているので、すみませんが静かにお願いします」
「す、すみません……」
「いえいえ。息子さんが治って本当に良かったですよね。それは本当に喜ばしいことです。でも、きっとお母様もお疲れでしょう。もしよかったら、息子さんが使っていたベッドで一緒にお休みください。少し大きいので、二人で寝られると思います」
すると母親はほっと力が抜けたような表情になって、やっと笑った。
「ありがとうございます」
アシュリーはそれを見て頷くと、すぐに表情を硬くし、レネアを見た。
「私はこれから他の患者さんの抜糸をする。それが終わったら話があるから、私の部屋に来なさい」
「……わ、分かりました」
次にアシュリーはフレイを見る。
「フレイ、レネアが私を待っている間は、できるだけ洗濯物などの雑用をさせるから、他の仕事は別の者に分担するように言って頂戴」
「ですが……」
少しでも人手が必要であるため、フレイが言葉を濁す。だが、アシュリーは構わず言った。
「状況は分かっているわ。でも、患者の対応をしていたら途中で抜け出すのが難しくなるでしょう。私も見なくちゃいけない人たちが沢山いるし、今から誰が来るかもわからない。だからレネアには雑用をさせて。その代わり、患者に関わらないことは全部レネアに振っていいから。頼んだわよ」
アシュリーはそう言うと、少年の母親に軽く頭を下げると部屋を出て行ってしまう。レネアもそれを見て同じように頭を下げると慌てて付いていき、一旦廊下に出る。
「レネア、今の聞いてた?」
フレイに問われ、頷く。
「はいっ……」
すると、フレイは少年の足に巻き付けられていた包帯をレネアに押し付ける。
「そういうことだから、身支度したらまず
「わ、分かりました」
レネアは頷くと、包帯を握りしめて廊下を早足に歩いた。
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