第5話 忙殺の日々

 薬屋が来てから一週間経ったが、患者は一向に増えていくばかりである。お陰でレネアがしていた衛生管理は他の看護師にも分散され、代わりに本業の看護師も並行して行うことになった。


「レネア、あっちの患者の包帯の交換をお願い」

「はい!」

「レネア、薬の補充をお願い」

「分かりました!」

「レネア、止血剤を持ってきて!」

「ただいまお持ちします!」


 忙殺されるような日々ゆえに、彼女たちに休みはない。怪我人が来るのが日中だけではないからだ。ひどいときは、夜中から朝方にかけてとめどなく人が来ることもある。 

 だが皮肉なことに、患者が増えてきたことで「何故怪我人が出ているのか」という理由が分かってきた。


 魔法使いの土地には、「できうる限り公平なところから見た情報源」というものがない。新聞はあるものの一社だけが担い、週に一度の発行。そして値段も一冊の本代ほどの値段がする。

 そのため魔法使いたちは、不確実で高い情報を購入するよりも、情報が必要な場合は自分の魔法を使って調べることを主としてきた。彼らは自分が必要とする情報だけを手に入れるだけで、十分に生活が成り立ってきたので、他のことを知る必要がなかったのだ。


 しかし、沢山の人が怪我をし、死んでいくとなれば別である。


 レネアは患者が来るたびにどういうことが町で起きているのか、そして攻撃が何なのかを聞きこんだ。

 すると彼らがそれぞれ口にしたのは、「魔法使いウーファイアが魔法学校と戦争を始めた」ということ。


 それは人々にとって、衝撃的で信じられない話だった。

 まず魔法使い同士が戦うこと自体あり得ないことであったし、たった一人の魔法使いが、「魔法学校」という魔法に長けた先生たちがいるところへ、戦いを挑むなど正気の沙汰ではないからだ。

 だが、患者の様子を見る限り戦況は悪化しているのだろう。怪我人は増えているし、一向に戦いが止む気配もない。


(何で魔法戦争なんて起こしたのよ!)


 レネアは人々の治療にあたりながら、忌々いまいましい「魔法戦争」を引き起こしたという「ウーファイア」という人物のことを考えた。どういう理由にしろ、関係ない人間を巻き込むなど、許されるものではない。

 だがその一方で、不可解なこともある。

 一人が戦いを挑んでいる割には、あまりにも怪我人が多すぎるのだ。その上、噂を聞く限り戦況も悪化している。


(先生たちも敵わない人ってこと……?)


 レネアはふとそう思ったが、首を横に振って考えをかき消す。それを肯定してしまったら、何か恐ろしいことが待ち受けているような気がしたのである。


「レネア、来て! 手を貸して頂戴!」


 するとまた自分を呼ぶ声が聞こえて、レネアは我に返った。すでに外は暗くなり辺りも見えなくなってきていたが、怪我人は時間など関係なく次々とやってくる。


「はい!」


 急いで行ってみると、そこには右足のふくらはぎをざっくりと切られた子どもが、家族に抱えられてやって来た。


「息子を! 息子を助けてください……!」


 そう言ったのは、まだ十歳くらいの子どもを抱えた女性だった。その子の母親なのだろう。涙を浮かべ、必死にレネアたちに訴えてきた。


「その部屋に入って、息子さんをベッドに寝かせてください! レネア、傷を縫うわ! 準備して」

 施設長のアシュリーに言われ、レネアは頷いた。

「分かりました!」


 指示された通り、彼女は一旦医薬品などがそろっている備品室へ向かうと、道具や消毒液などの準備をする。冷静でいなければならないと思うが、心のどこかで、やるせない気持ちと怒りとがないまぜになっていた。


(ひどい怪我だった……。まだ子どもなのに……)


 何故、こんなことになっているのだろう。どうして、戦いなど始めたのだろう。

 レネアの心のなかで、何度もその問いが繰り返される。

 魔法使いたちの多くは穏やかな性格の人たちばかりだ。研究熱心でひねくれている者や、天才肌の人たちは変わってはいたが、魔法で人を傷つけるようなことを考える人たちはごく少数だった。そもそもそういうことを学校では教えない。

 ゆえに、こんな風に大きな戦いになるなど、きっと誰も予想していなかったに違いない。


(助けなくちゃ……。こんなバカげた戦いに巻き込まれた人たちを一人でも多く……!)


 そのときである。棚にあった包帯が切れていることに、ようやくレネアは気が付いた。

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