第4話 魔法具

「……包帯?」


 レネアは当たり前すぎる仕事道具に苦笑してしまう。だが、店員は気にも留めずに説明した。


「はい。でも、普通の包帯ではなくて魔法具なんですよ」

「え?」


 レネアは耳を疑い、聞き返した。


「魔法具って言った?」


 すると店員はこくりと頷く。


「ええ、言いました。治療魔法が行える魔法具なので、傷のあるところにこの包帯を巻くだけで治るんです」


「魔法具」(もしくは「魔法道具」とも言う)とは、魔法を道具や物に宿すことにより、魔法使い(または「術者」とも言う)の指示がなくても特定の作用を起こすことができるものである。また魔法具は、術者の魔力を用いずとも動かすことができるので、魔力消費量を抑えられるのも特徴だ。


 しかし使い手が楽できる分、作るには高度な技術が必要なため、必然的に価格も高価になる。よって、一般人が簡単に手に入れられるものではないのだ。

 その上、魔法使いでさえ簡単ではない「治療魔法」が行える魔法具など、幻の代物と言ってもいい。

 そのためレネアは信じられないと言った風に、首を横に振った。


「まさか……嘘でしょう? 治療魔法が施してある魔法具なんて聞いたことないわ。だって、今生きている魔法使いのなかに、魔法で治療できる人はいないはずだもの」


 いれば噂になっている。それくらい治療魔法ができることは高度な技術を要するのだ。


「できる人がいないってだけで、方法としては確立しているはずでしょう。それはあなたもご存じのはず」


 薬屋は言った。確かにそれは魔法学校で習ったことである。


「そうだけど……」


 納得できていないレネアだったが、その間に店員は彼女の右手を取ると包帯を載せた。


「あげます」

「え⁉」

「私が持っていても宝の持ち腐れですから」

「で、でも、もし本当ならとても高価なものなんじゃ……」

「私もいただいたものなんで」

「だったら尚更……!」

「私が使うより、ここで多くの方を救って下さい」


 女性は微笑すると、レネアが何とか返そうとするのをするりとかわし、距離を取る。そして来たときと同じように、薬が乗っているカートに足を掛けてふわりと浮く。そして最後に一言言った。


「きっとこれから、もっと増えますよ」

「え……?」


 女性店員はそう言い残し、颯爽と元来た空を帰って行ってしまった。

 レネアは手のひらに残された包帯を見つめる。それはいつも使っている包帯と何も変わらないように思えた。


(程よく弾力もあって、通気性もよさそう。本当はただの包帯なんじゃ……あれ?)


 包帯の端を伸ばしていると、巻かれた中心に筒状になった小さな紙があるのを見つけた。


(何だろう?)


 引っ張って取り出し、広げてみる。するとそこには、包帯の使い方が書かれていた。


「……『この包帯は、患部に巻くだけで治療できます。小さな傷であれば数時間、大きいものでも十日以内には治ります。使う者は、治療の方針などを考える必要はなく、ただ痛みがある患部などに対してこの包帯を当てれば、勝手に判断して治療します。ただし、病や慢性的な痛みに関しては治療はできませんのでご注意ください』って……まさか本当に?」


 レネアは困った顔で笑う。治療魔法が備わった魔法具など前代未聞である。


(まあ……ただの包帯よね。薬屋さんなりの励ましだったのよ、きっと)


 レネアは一人で納得すると、包帯をポケットにしまい、洗濯の続きを始めるのだった。

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