第3話 町の薬屋

「こんにちは。医薬品を届けに来ました」


 明るく挨拶をしてきたのは、薬屋の女性店員だった。町にあるお店で、医薬品を補充したいと思ったときに連絡すると、薬やガーゼなどを持ってきてくれる。


「ありがとう」

「いいえ、仕事なので」


 レネアが礼を言うと、薬屋は被っていた帽子のつばを軽く掴んでにこっと笑う。

 そしてすぐに、『トラン』という店のロゴが入った布で被さったカートから、てきぱきと品物を出し始める。慣れた手つきだったが、いつもの店員ではなかったので、レネアは薬などを受け取りながら、興味本位で尋ねた。


「ねえ、あなた新人?」

「いいえ。でも、ここへの配達は初めてです」


 にこにこと笑う女性は人当たりがいい。つばのある帽子を被っていてはっきりとは見えないが、ちらちらと見えるその瞳は深い青をたたえている。また後ろの髪は布で覆い、帽子のなかに入れていてよく見えない。しかし帽子の陰からわずかに見える前髪は、どうも白銀のようだった。


(こういう瞳の色は見たことあるけど、髪の色は魔法使いとしては珍しい……)


 レネアも含め、スーベル島出身の者は濃淡は違えど、大体は茶系か、もしくは金髪である。帽子だけでなくわざわざ布も使って覆っているところを見ると、あまり見てほしくないのだろう。レネアはそれを察して、あまり彼女の髪は見ないようにした。


「そうよね。手慣れているのに変なことを言ってごめんなさい」


 謝ったが、その人は気にした風もなく答えた。


「いいえ、お気になさらず」

「ありがとう。……あっ」


 そのときレネアはふと、聞いてみたいことを思い出す。


「ねえ、もしかして薬屋さんも忙しいの?」

「どういうことですか?」


 きょとんとする店員に、レネアは声を押さえて聞いた。


「だって、ここのところあまりに忙しいんだもの。人手が足りなくてとても大変……。怪我をしてくる魔法使いがとにかく多くって……。町の方で、薬屋さんも忙しいのかと……」


 レネアはあえて「抗争」という言葉を伏せて聞いた。噂話に聞いた程度なので、もし彼女が「抗争」のことを知らなかったのだとしたら、余計な心配をさせてしまうと思ったのである。

 すると女性店員は少し考えてから答えた。


「まあ……確かに医薬品の配達は、このところ多いですね」

「そうなのね……。ということは、魔法使いの怪我人が増えていたりするの?」

「どうでしょう。化膿止めや包帯の注文は多くなっていますが、理由は私たちも分からないんです」

「そう……」


「分からない」。これでは「抗争」なのかどうかという判断もつかない。

 レネアはがっかりしたが、それを顔に出さないよう誤魔化すように笑った。


「ごめんなさいね。変なことを聞いて」

「いいえ、別に変なことではないですよ」


 女性店員は先程と同様に、本当に気にした風もなく答えた後、残りの品物を出して伝票をレネアに渡した。


「これで全部です」

「ありがとう」


 薬屋とのやり取りは品物と伝票を受け取れば終わりである。

 しかし、彼女はすぐに去らなかった。


(もしかして、今日って支払日だっけ?)


 レネアは薬屋が去らない理由をそのように推理した。

 支払いは、月末にまとめてすることになっているので、今日は品物を受け取るだけでいいはずである。しかしレネアは自分が間違っているかもしれないと思い、伝票を見ながら考えていると、女性がぽつりとこう言った。


「あの、お忙しいって言ってましたよね」


 レネアは伝票から顔を上げると、目を瞬かせた。


「ええ……。あっ、もしかして何か知っていることでもあるの?」


 支払いのことでなく、何か話したいからとどまっていたのだと分かると、レネアは安堵し女性店員との距離を少し詰める。すると彼女は少し困った表情を浮かべた。


「いいえ、そうではなくて。これをお渡ししようかなと」


 そう言ってポケットから出てきたのは、一巻の真新しい包帯だった。

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