第2話 施設の事情

(本当に忙しいなぁ……。こんなはずじゃなかったのに)


 レネアはその場にしゃがみ、施設の周囲に植えられた背の高い防風林をぼんやりと眺めながら思う。

 噂によると、最近魔法使い同士の抗争が起こっているらしく、怪我人が頻繁にこの場所を訪れるようになっているらしい。

 空は晴れ、春の陽気を運んでくる風はそよそよと穏やかに吹いているというのに、世の中は何とも物騒である。


(今日も、十人が来た……。何が起こっているんだろう)


 ここは町から西に外れたところにある医療施設なので、普段は誰か一人来るか来ないか程度である。町の大きな医療施設が忙しいときに人員として駆り出されるほど暇なのに、ここ一週間はこの施設に来る魔法使いたちを診るので精いっぱいだ。患者の人数は日に日に増えていて、現在は三十人近くになっている。


(こんな状態で、施設の運営は何とかなるのかな?)


 レネアがそう思うのは、洗濯物なら魔法であっという間に終わるが、治療はそうはいかないからだ。

 魔法使いは「何でもできる」と非魔法使いに思われているが、実際はそうではない。人によって得意不得意もあるし、誰にとっても難しいものもある。

 その一つが、魔法による治療だ。


「全くできない」というわけではないが、できたとしてもせいぜい痛みを緩和することや、小さな傷の止血をするくらいである。昔、「どんな傷も病も治してしまう治療魔法の名手」がいたらしいが、それは簡単に真似できるものではない。


 魔法は、内容が難しくなればなるほど、魔法を発揮させる魔術式もしくは陣を形成する必要があるが、治療魔法は魔術式そのものを理解することが容易ではないため継承が難しい。さらに、治すための魔法を発動させるための魔力が膨大に必要だ。

 よって、魔法使いが怪我をしたり病になったら、非魔法使いと同じように医者にかかるのが普通で、施設に来る患者が増えれば増えるほど人の手がいるのだ。


 現在は施設の責任者である医師一人と、レネアを含め常駐している看護師が六人全員が治療にあたり何とか回っているが、それ以外をやる人の手が空いていない。


 施設を運営するにあたり、掃除や洗濯をする衛生管理者と、患者の食事などを用意する調理師が、看護師とは別にそれぞれ一人ずついる。そのうち衛生管理は魔法で何とかなるが、料理も魔法で行おうとすると高度な技術がいるのだ。

 日々増える患者の一日二食と軽食一回に対応するため、料理の技術も持っている衛生管理者が調理師の手伝いをし、看護師のなかで一番下っ端のレネアが衛生面の管理業務をやらされているというわけである。

 

(ま、でも、洗濯物当番は有り難いな。患者に向き合うこともないし、気が楽……)


 魔法は魔力を使う量によって体にも疲れがでてくるが、洗濯物は魔力消費量が少ない。例えるなら、ティーカップに入った茶に砂糖を入れてスプーンで混ぜるようなものである。


 レネアが心地よい風を感じつつ、ゆったりと流れる雲を眺めていると、町がある北の方から黒い点のようなものが近づいてくるのが目に入った。

 だんだんと距離が縮まりその姿が見えてくると、レネアは立ち上がり軽く手を振る。相手もレネアに気が付くと軽く手を挙げ、その後すぐに空からふわりと降り立った。

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