第一章 『僕が救世主だ』

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 時は遡る。

 

 ――――――――――その日は確かに『夏』だった。

 暑い。確か朝のニュースで女性アナウンサーが35度以上の猛暑だと言っていた気がする。


 今は3666年。人類は地球から『チキュウ』へと移住し、そこにはテクノロジーの発達で様々な星から移住してきた人類が住んで日常を過ごしていた。特に多いのは金星人。特徴として金髪の女性が多い。かつての地球人は金星人との交流をきっかけに、『超能力』を使える世界になっていた。

 さらに、一部の人は『才能ギフト』と呼ばれる特殊能力を生まれつき持っており、様々な場所……主に公安警察で活躍していた。そんな人に憧れる『才能ギフトを持たざる者』も多く、科学者は後天的に『才能ギフト』を持たざる者に与える実験を繰り返していた。


 デパートには大きく『誰でも才能ギフトを!』とカチューシャを持った銀髪の女性の写真と一緒に、胡散臭い文字の書かれた広告が垂れていた。

 僕――――『疾石臣做とういしおみな』は正直そういうものを全く信じていない。『才能』という言葉は昔から存在する。才能は天から先天的に授かるものであり、後天的に授かるのではそもそも『才能』と呼ばないのではないか?

 そんな考えを巡らせていた。その時。


『速報です。アラブドゥ教の教祖、常盤知途贅ときわちとせ氏が死亡しました。』


 そんな声がふと、聞こえて立ち止まる。それはたまに立ち寄る電化製品屋のテレビコーナーで流れていたニュース速報だった。

 

 『世界に愛を。それがアラブドゥ教』――――。

 アラブドゥ教とは、僕が生まれた頃に流行りだした比較的新しめの宗教だ。謳っているのは『愛』と『救済』。世界を愛で満たすと人類は救済されるという、よくありそうな感じの宗教である。だがそれ故のめり込む人も多いと聞く。僕の周りには居ないが、インターネットのニュースで特集が組まれているのを横目で流した事がある。あまり宗教に興味のない人間でも知っているくらい主流となっている宗教だ。

 

「えーっ!?教祖殺されちゃったりしちゃったんですかぁ!」


 少女の声だ。教祖が死んだのに驚いているようだ。

 何故そんなにも驚くのであろうか?人間はいつか死する生き物だというのに。

 銀髪に2つ結いの少女は、隣にいた連れであろう同じく銀髪の癖毛に、赤いメガネえをした青年にテレビを見るように促す。


「マジか」


 返ってきた言葉はそんな短いものだった。多分、僕と同じくあまり宗教等に興味のないタイプの人なのだろう。その後その二人組は「ちょっと真面目に聞いてます~?」とか言いながら去って行った。


 なんとなくテレビを見る。すると記者会見のようなものが始まった。


 「非常に残念です」


 黒髪の青年がそう話す。いや、記者会見なんだからその長い前髪をどうにかしろよと突っ込みたくなったが、突っ込む相手が居ない。

 隣に座っているのは公安警察の最高司令官だ。指示をする側の人間であまり自分から動かないと聞いていたが、さすがに教祖が死んだという緊急事態には動くのか。


「……」


 人間は――――。

 

「汚い生き物だ、と思っているだろう?」


 いきなり後ろから飛んできた声。それは僕の心の中を読んでいた。

 

「えっ?」


 ついそんな声が出た。振り返る前にその声は続ける。


「いつもは『宗教なんて胡散臭いもの辞めろ』、『教祖なんて辞めちまえ』って言ってる奴らが死んだら死んだで手のひら返し。いきなり『残念です』『ご冥福を祈ります』だなんて言い出す――」


 振り返る。そこには白髪にサングラス、何故か棒付きのキャンディを咥えた青年が立っていた。


A.「怪しい者ではないよ」


「あ、あんさー……?」


 奇妙な話し方をしながら名刺を渡してきた。喰々流惡トくぐりゅうあくと、それが彼の名前らしい。気になる事は沢山あるが、名刺のある部分に目が付く。


「探偵……?」


 『探偵』。現代では少なくなった職業だ。理由は簡単、人間ではなく機械がやっているのがほとんどだからだ。凶悪事件は公安警察の取り締まりにより大きく減っている。それに元々この国、『ニホン』の探偵がやっているのは昔から浮気調査やペット探し等。機械が発展した今ではそうやるようにプログラミングされた機械がやっている。

 名刺を眺めていると。


「”名”探偵!!」


 ずいっと顔を近付けて喰々流くぐりゅうさんが言った。いや、近いです顔。てか普通自分の事を名探偵とは言わないのでは……?


「これだから人間は……」


 頭を抱えるようなポーズをして喰々流くぐりゅうさんはブツブツ呟いている。

 変な人なんだろうきっと。だってさっき見えたけどキャンディの味、不味すぎてバズっている『コーヒー牛乳味』だったもん。名前だけ聞くと美味しそうだけどあのメーカーのものはなんか不味い。何故か。

 でも気になったのはそこだけじゃない。


「あのぅ、喰々流くぐりゅうさん……?」


「ん?」


「今、『夏』ですよ?」


 そう、この日は猛暑。なのに喰々流くぐりゅうさんは真っ赤なコートにタートルネックという夏らしからぬ格好をしている。そしてオマケにそのコートの背中には大きめの穴が2つ開いていた。

 すると喰々流くぐりゅうさんは僕の事をじっと見つめて言った。


「なんだ、そんな事か」


「そんな事って……」


「いいかい?答えは案外簡単だ」


「答え……?」


「答えは――」


 一瞬場が静かになる。蝉の鳴き声だけが鳴り響き、煩いはずの繁華街の人込みの声も聞こえないくらい緊迫した空気が流れていた。

 その時、喰々流さんがゆっくりと口を開く。


「今は――冬だッッッ!!」


「……は?」


 格好つけたようなポーズで答えているが全く意味が分からない。

 冬?さっきの銀髪の少女も赤メガネの青年も、なんならそこのカフェにいる男女も。カフェの前に立っている猫耳パーカーの青年も。デパートの上にいる人影も……ん?デパートの上になんで人?意味が分からなくなってきた。


Q.「意味が分からないって顔してるね?」


「くえすちょん……」


 また訳の分からない口調で語りかけてくるので余計に頭がおかしくなる。あ、あの人マフラー付けてるような。


「アクトさん!!」


 混乱して目が回りそうになっていると、金髪の少年が叫びながら近付いてきた。頭のてっぺんには、ぴょこんとアホ毛が一本立っている。

 ……この子もスーツ着込んでるけど暑くないのかな。


「え、影緋えいひ


「また勝手に居なくなって!」


 少年は影緋えいひくんと言うらしい。しっかりしていそうな少年だ。


「そこの人!」


「は、はい!」


 凄い剣幕で話しかけられたのでつい大きな声が出てしまい、恥ずかしくなる。


「これ、なんか失礼な事言ってません!?」


『これ』扱いされた喰々流くぐりゅうさんは腑に落ちないというような顔をしている。

 いや変な人だけど……。

 

「失礼な事『は』されてません」


 もう一度言う。変な人だけど。

 すると影緋えいひくんは心底ほっとしたような表情を浮かべた。


「よかったぁ。この人頭おかしいから……」


「はは……」


 確かに。と言いそうになって踏み止まった僕を褒めて欲しい。


影緋えいひ!今聞き捨てならない単語が――」


「はいはい行きますよー」


 喰々流くぐりゅうさんを制止しつつ引っ張っていく影緋えいひくん。

 だが喰々流くぐりゅうさんはふと、制止を振り切り僕の方に近付いてきた。

 そして。


「んむっ!?」


 僕の頬を両手で覆うようにして顔を近付ける。

 そして一言。


「あは、僕達また近い内会う事になるよ。疾石臣做とういしおみなくん」


 それだけ言い残して「じゃーねぇ」なんて呑気な言葉を残して去って行った。


 ……叫びたい。この人変だと。

 なんか今日はおかしい。教祖は死ぬし、変な人に会うし。そもそも何で僕の心の中の言葉なんて読めたんだ?超能力が使えるようになったと言っても、人の心を読むことなんて出来なかったはずだ。出来るのは精々軽いものを動かしたりする程度であり、そこまで超能力は発達していない。

 そんな考えを巡らせていると1つ。おかしなことに気付く。


「あれ?僕あの人に名前教えたっけ?」


 僕は気付かなかった。悪い癖だ。考え事をしていると周りが全く見えなくなる。クラスメイトにも言われたばかりじゃないか。


「危ない!!」


 そんな悲鳴で我に返る。


「うわっ!?」


 僕のさっき歩いていた場所には大きな鎌が刺さっていた。

 しかもただの鎌ではない。氷で出来ている。


 鎌の持ち主は一言。


「外したか」


 そう言って僕に向かってくる。勿論僕はスーパーヒーローでも何でもないので立ち向かう事なんて出来ない。後ずさりするばかりだ。


「ま、待って!」


 本能的に声が出た。何か言わないと殺される。理由は分からないけど確実にその青年からは殺気が溢れ出ている。


「何で僕!?なんかした!?通り魔ですか!?」


 黒いパーカーの青年は一瞬立ち止まる。

 そして耳に当てていたイヤホンを取りながら言った。


「……お前が救世主か」


『救世主』。

 この『救世主』を巻き込む事件はここから始まる事を、この時の僕はまだ知る由も無かった。

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