第2話(1)-2
紅使大学は、都内にある紅使財閥が運営している私立の大学だ。紅使財閥とコネがあったので、裏口入学ですんなり入学できたのだけれど、普通に入ろうとすると試験に面接に家族面談、親戚やら先代三世代まで遡って調査をされて、入学に相当するかどうかというガチな色眼鏡で判断されてようやっと入学できる、かなり偏った大学である。
僕は幼少期に、とある活躍(もしくは悪事といった方が正確か)をしたので、それが功を奏して裏口入学することが成功した。
紅使大学は一度入ると、学生証が紅使グループ会社のクーポンとして使えるので、OB、OGはかなり得だと聞いて、それだけのために入学したのだった。経済学部、法学部、文学部と、学部の数だけはトップクラスに網羅していたので、勉学の意味でも学べない分野は無いに等しかった。
学問に金を惜しまない学長のおかげで、日本の中でも学術における発展度、貢献度では紅使大学をおいては他に追随を許さないほどだ。
故に、僕が出会った『不完全犯罪学』の
クーポン欲しさに入学した、という脆弱な理由を払拭するには有り余る幸運だった。
大学に行くルートからほんの少しだけ回り道をする。
千鳥の家に行くためだ。
僕の住むボロアパート『半壊荘』は大学の近くにある。『半壊荘』は俗称で、本当の名前は別にあるのだが、文字通り半壊しているため、住人からは愛称として親しまれ使われている。建っているのが不思議なくらいのボロさ。大学に近いけれど、人として最低限度の文化的生活を送ることが出来ないため、格安の家賃で住むことが出来る。
そんな、『大学に近い』という利点しか存在しないボロアパートよりもさらに大学に近いのが、千鳥の家なのだった。
現在における殺人事件の検挙率がほぼ百%なのは千鳥の能力のおかげだ。彼女の能力の行使によって、悪者が悪事を働いた結果、世間にのさばることはない。その功績を買われてか、彼女の住む家はそれはもう、豪勢になった。今はメイドさんも雇っているんだとか。うらやましいにも程がある。僕のアパートには風呂もないのに。
2階建ての一軒家。防犯システムにガトリングガンを仕込んでいるとかいないとか。暗殺者を雇っているとかいないとか。完全犯罪を企む犯罪者にとって、彼女の能力は最も邪魔なものだろうから、命を狙われても仕方が無いとは思うけれど、僕のようなみすぼらしい部外者が彼女の家を訪ねる、ただそれだけでもガトリングガンの脅威に怯えなければならない、というのもおかしな話だ。
インターホンを押した。もちろん、このインターホンのボタンを押すまでの間に専用キーと生体認証、24時間で変わるピーコンパスワードを入力したのは言うまでも無い。
「おーい、千鳥。大学行くついでに来てやったぞー」
「居ません」
居ません、とは。
こんなに堂々とした居留守をする人じゃ無い。千鳥は。
「女狐。来てるのか」
千鳥の友達。
まぁ、確かに彼女にとって僕は鬼か悪魔か親の仇のような人間なんだろうけれど。
「あなたを歓迎する人はここには居ません」
より心をえぐる言葉を選んできた。
「千鳥には一報を送っておいたんだけどね」
「返事が来ていないのは、あなたを無視しているって気付かないくらい鈍感なのかしら」
僕は女狐に会いに来たのではなく、女狐と話しに来たのではなく、女狐に拒絶されに来たのでもない。
「どうせ寝てるんだろう。入るぞ。極楽さん、入るよ」
僕はメイドさんに声を掛けてドアに手を掛けた。ここで本当に防犯システムにロックが掛かっていればガトリングガンで射殺されてしまうのだが、一応メイドさんに声を掛けたので、僕の命はかろうじて繋がった。ドアを開けて玄関を通る。家の靴を脱ぐところまで数分ほど歩かなければならない。
「ようこそいらっしゃいました」
靴を脱ぐところに三つ指ついてお辞儀をしていたのは、西洋メイドの格好をしているメイド、
「今日もかわいいね、極楽さん」
「ご主人はただいま就寝しております故、伝言を承ります。いかがなさいますか?」
僕のお世辞は華麗にスルーされた。まぁ、メイドさんはこのくらいツンとしてくれた方が僕も話しやすい。
「寝顔を見に来た……って言っても起きないだろうからな、物理的に。時間に余裕はあるから、昼頃まで待たせてもらおうかな」
「承知しました。応接室へ案内致します」
女狐と距離を置いた方が無難であることは極楽さんも熟知している。
僕と女狐との関係はは水と油、火と油、草と油。とても揚げ物と油のような関係にはなれないものであるから。
彼女が僕を避けてくれれば何も問題は無いけれど、彼女は僕に近づいてくる。それは好意ではないことを僕は知っている。
「今日も居るんだね、女狐」
「えぇ、あなたから千鳥を守るためにね」
敵視に敵視、敵愾心。彼女は正義の心でもって、僕と千鳥との間に割り込もうとしているのだ。
「この家にはガトリングガンもあれば生体認証もある、暗殺者やら西洋メイドもお仕えしているんだから、君みたいなか弱い女の子の加護は要らないでしょ」
「あなたにはガトリングガンも生体認証も暗殺者も効かないからよ。西洋メイドは効くかもしれないけれど」
ぎくっ。
千鳥にも話していない僕の趣味を見抜かれた?
「着ないわよ」
ぎくぎくっ。
一瞬脳裏によぎったメイド姿の女狐と千鳥は存外悪くなかった。一瞬で却下されたが。
「千鳥は優しいからあなたのような異物でも対等かのように接してくれる。極楽は
異物で、俗物で、罪人ときたか。
当たらずとも遠からずってところなのが耳に痛い。
「君が僕のことを大嫌いってことはよく分かったよ」
「いいえ、大好きよ」
「え?」
「殺したいくらいに」
それを大嫌いと言うんじゃないかな。
愛が歪んでいるようだ。
女狐はツンデレではない。ツンという言葉は相応しくない。正しく殺意。鋭利な言葉のナイフをこれでもかと僕に向かって突き刺してくる。
それでもここに来てしまうのは、どうしてだろうな。
僕が異物であると、俗物であると、罪人であると、正しくそう接してくれる人が僕にとって貴重だからかもしれない。
千鳥を愛するが故に僕という罪人から身を守ろうとする。確かに愛のなせる技だ。業だ。
「それに、君の行動の通り、愛というものは、別に異性に限った話ではないね……」
「……? 私は千鳥の膝枕をするのに忙しいから、千鳥に会わせる気もないし、さっさと勉学に勤しむ事ね」
僕の独り言は聞こえなかったようだ。それどころか、『膝枕をするのに忙しい』というパワーワードが聞こえ、逆に僕の耳から離れなくなってしまった。どうしてくれる。
彼女の丸メガネの奥からこれでもかと言うほどの冷たい眼差しを一身に浴びて、逆に僕は生を実感した。
入れ替わり立ち代わり。女狐が奥に引っ込むと同時に、女狐とは違って事務的で冷たい声が聞こえた。
「失礼致します」
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