第1章 君のいない世界で
(1)『死神』と『神殺し』
第1話(1)-1
行動における優先順位について
七島 某
「行動には全て理由が存在する。
一概にはそう言い切れない。その点があることには目をつむろう。
ただ、人に「何か」の行動をして欲しい場合、「その行動をしろ」と「命令」するよりも、「その行動をしてください」と「お願い」するよりも、「その人が行動をしたくなる理由付け」「その動機を付与する」、「目的」を与える方法が
行動において何よりも優先するのは、外的要因ではなく、内的要因なのではないだろうか。
たとえば殺人を例に考えてみよう。
何故ありふれた「例題」として、誰もが人生で1度も行わないであろう「殺人」を引き合いに出したのか。それは「誰もが人生で1度も行わないであろう行為」こそ、この問いに真に真実を導き出すことの出来る重要な要素であると考えたからだ。
「人を殺せ」と言われ、「はいわかりました」と二つ返事で実行出来てしまうような例題だと意味が無い。
殺人事件の動機は、人の数だけ、環境の数だけ考えられる。
1番私たちの生活に近しいものは「愛憎のもつれ」ではないだろうか。2時間サスペンスドラマではよく聞く話だ。
人の命を奪うという最低で愚かな行為である「殺人」の動機が「人を愛する」ことだというのもおかしな話だ。
しかし、実際に「愛憎」のために殺人を犯した例は枚挙に暇が無い。
ここで今一度考えてみよう。
「愛」とは何か。
「愛」故に「人を殺す」。とは一体どのような状況なのだろうか。
「愛する人を殺せ」と言われても誰も殺しはしないだろう。
「愛する人を殺してください」と言われても同様。
外的要因では歯が立たない。
しかし、自分の中にとめどなく溢れてくる「殺意」が「愛」を上回る時こそ、「愛」は確かに「殺意」になり得るのだと。
内的要因こそが人を動かすのだと、私は考えた。」
……と、そこまで書いて僕は背もたれに寄りかかり、伸びをした。
卒論は「テーマ」「問題提起」と来て、次に「目的」「検討」と書いて締める。問題提起まで書き終わったところだった。
実は僕はゼミに所属しておらず、卒論も書かなくたって卒業できる。
できるのだが、つい先月、面白そうなゼミを見つけてしまったので、門戸を叩いてゼミに割り込みしたのであった。
ゼミに来たからには、卒論を書かなければならない。既に提出期限は昨年の12月。今月末にはゼミ生の卒論発表会を控えていた。僕は一ヶ月も無い期限の中で、卒論を書いて、准教授から添削を受けてパワーポイントで資料を作って発表しなくてはならない。
まぁ……単位は既に十分すぎるほど取っていた。現時点で受けている授業はゼロ。時間は有り余るほどあった。准教授と交わした約束、「ゼミに居続けるならば卒論を、君の考えを書け」と言われたからには、書かなければならなかった。
多少は緩くても評価してくれるだろうという甘い概算もあって、僕はゆるゆると書き連ねていた。
ここらで一度添削をお願いしとこうかな。この時点で「問題提起が甘い」とか「テーマがつまらない」だなんて指摘を受けていたら、この後全て書き直さなければならない。時間は有り余るほどあるが、勉強はできることなら必要十分以上にはしたくない主義である。ゼミの授業は有意義だが、意見発表の場までに使う体力は少ない方が良い。
僕はデータをメモリに移してから、着の身着のまま大学へ行くことにした。
ついでに千鳥の家に寄っていこう。
あいつの忌憚の無い意見というのも、卒論の何かのスパイスになるかもしれない。仮にもあいつは名探偵だし。
いや、あいつは殺人事件の「動機」なんかに興味はないのかもしれないけれど。
殺人事件における迷宮入りはゼロ%。
彼女、
くわばらくわばら。
あいつの目が黒いうちは、悪いことできないな。
そんな冗談を笑って飲み込んで、僕はお気に入りのニューバランスの996を履いて我がボロアパートを後にした。
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