カセットラジオの使い方
私はふとパートナーの顔を見た。それはパートナーもそうであったようで目と目が絡み合う。すると彼女は青ざめ顔をベッドの中に隠した。私という日常を目にしてしまった事は彼女にとって悲劇でもなんでもなかったのだろう。
男は食べ終わるとじろじろと周りを見た。そしてカセットラジオの前に行くとじりっと音を出した。
「本日未明、ビグウェイ市の無差別殺人犯の行方は未だわからず、警察も懸命に探しているところです。ですが金属製のナイフでの刺殺のため手がかりが以前つかめておらず、警察の発表によると証言者の目撃情報では犯人は四十代やせ型の男性で──」
そこで男は舌打ちをするとぶっきらぼうにラジオを止めた。
ひどい事をする男だった。そのラジオは私たちに自己紹介をしたようなものだったのだ。顔から血の気が引いてくる。ここにいる男が、あの──。
私はこの時、生き延びる事を考えた。たとえ犯され、多くの傷を負っても死なずにする方法はあるはずだ。男だって勢いでパートナーを抱いたのだろうけど無駄に前科を重ねたいとは思わないだろう。例え私がレイプをされても、状況によっては殺そうとはしないはずだ。またはどう頑張っても殺されるかの二者択一でしかない。
実際彼女は徹底的に男を快楽に漬ける事で生き残りを図っている。レイプされて身ごもるのも嫌だが死ぬよりはよっぽどましだ。よしんば私が殺されても自分が生き延びれば己の不幸を悲しむ余裕が出来る。考え方によっては私など愛さなければ、と理不尽を死んだ私に擦り付ける事も可能だ。だから何が何でも生きようとしている。その柔肌を薄汚れた指に食い込ませても。
私もまたそう考えている。何をやられてもいい。とにかく生き延びればなんとでもなる。パートナーの事は大切だが、私がいて初めてパートナーの価値が得られる。私が死ねばパートナーがどうであろうが男が何者であろうが関係ない。それだけは避けたいから生きる事を模索するのだ。
男は全裸のまま部屋をうろうろし始めた。顔はよく見えない。ただ私の事など眼中にないというように歩いていた。
何か助かるものはないか。ふらふらと周りを見る。
食べかすと、脱ぎ散らかされた、あれは下着と、恐らく作業着か。少なくともレーザーウェアではない。布製のものだ。あんなものもうスーパーですら見たことがない。この部屋の家賃以下で買える代物なのに。
ここである疑問が浮かび上がる。なぜこの男はいきなりカセットラジオを使い始めたのか。今時カセットラジオなんて部屋の調度品みたいなものでそれでラジオを流すなんてもの好き以外のなんでもない。私の同世代でラジオを流す方法すら知らないやつらだらけなのに。パートナーだって結局覚えなかった。覚えるつもりもなかったからというのもあるだろうけど。
そもそも私だってウェブで色々調べてやっとわかったくらいだ。私のようなもの好きが何十万ギリ―も出して買った骨董品とかいうような紙製の説明書を見つけてやっと初めてウェブに出たような代物だ。
それをこの男はなぜ何も知らずにやれたのだろうか。私の父親の世代ですらよく分からないそれを。
まるで数世代前からやってきたような人間。それが男だった。
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