邂逅

 近くにあったタオルで両手と両足、口元を縛りつけられ、パートナーが踊らされている姿を見せつけられていた。ベッドの白いシーツがところどころ赤く染まっていた。上半身は綺麗な白い肌をしていたから足のどこかを切りつけられたのだろうか。


 先ほどまであれだけ燃えるような夜を過ごしていた彼女が、そのベッドで、今は男にこびへつらうように腰を振っている。

 窓から入る光から彼女の顔が映る。涙の跡が見えるようだった。それでも相手のそれを満足させるためにひたすら腰を動かしているのは彼女もまた生きる事に必死だからだろう。それが延命措置なだけである可能性は否定できないけれど。


 彼女の喉元にはナイフが突きつけられていた。料理に使うレーザーカッターではない。そこにはむき出しの暴力だけがあったのだ。

 この時私は変なところだけ冷静になっていた。何かの漫画か小説かで読んだ、人間は命が懸かった状況で生殖行為を行うと生存戦略として子孫を残りやすくさせると。もし彼女がこのダンスを終えて明日から生きていっても、この男が残した傷が形になって出てくるのではないかとか。そんな今考えなくてはいい事をずっと考えていた。

 そんなことを考えていると彼女は嬌声と共に果てた。浅い呼吸をしながらベッドに倒れ込む。

 一瞬私もこうされるのだろうか、という恐怖が生まれた。私も同じようにどこかを切りつけられ、相手のなすがままに、相手が満足するまで踊り狂い、望まない命を授かりかけて、それに気付く間もなく殺される。そんな姿がクリアに想像できてしまうのだ。

 逃げようにも逃げられない。体をねじればねじるほどタオルが食い込んでくるのだ。

 男は立ち上がった。体がビクンと跳ねる。

 パートナーは彼に駆け寄ようと体を擦り寄せ、男のものをまさぐる。それは決して私との情事に出てきたような愛情表現のそれではない。生への渇望であった。ここで飽きられると自分が殺される。本能的に気付いているのだろう。殺されるよりはこの破壊の神に愛玩動物として扱われる方がましだ、という事なのだろうか。いや、殺すなら私で、お前にとっていいことをした自分は生かされるべきだ、という事か。


 もう私の部屋には愛情とか恋愛とか、そんな甘い甘言は入る余地を許さない。快楽と暴力、いや、もっと根源的な力とか性とかいった、本能だけが渦巻いていた。

 男は部屋を出ると私が買ってきた缶ビールやサラミを持ってきて、テーブルの前に置いた後おもむろに開けて食べ始めた。時間だけが流れていく。その一秒が恐ろしいほど長いと感じられるほどに。

 しかしこの時ふと「私のサラミ」と考えるあたり自分の立場がどこか奇麗に飛んでいる。所有権なんか考えている場合ではないのに。

 男は黙ったまま食って飲む。シュリンクパックに入っていたあれこれはどんどん消えていった。

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