開いているドア

ドアノブを握った時だった。強い違和感を覚えたのは。

今時四万ギリ―もしないこんなド田舎でもオートロックの時代だ。だから普通、ドアノブを手にした時必ずドアは重い物なのだ。深夜に買い物に行ったりして同じことを繰り返しているからやたら記憶に残る。


 しかし今日はどうだ。こんなにドアが軽い。オートロックがかかっていなかったという事だ。

 一瞬マンションの掲示板にかかっていたポスターを思い出す。もしかしたら、という疑念が生まれるのだ。


 こういう時は嫌な事ばかりが頭を横切るというもの。殺人事件はオートロックを壊されていたとか、オートロックを壊すツールがあるとか、今時改めて閂型の鍵付き扉が注目されているとか。

 一方で違う事も考え出す。もしかしたらパートナーが起きていて、私を驚かそうとドアの前でにやにやしながら笑っているのかもしれない。わざとオートロックを外していてユニットバス辺りからさも凶悪事件の犯人のように飛び出してくるかもしれない。あのやんちゃならやりかねない。


 どうしたらいいか。焦りが生まれた。

 でも冷静に考えたら世の中起こりうるのは圧倒的に後者だ。前者であることなどほとんどありえない。気楽に考えてドアを開いたのだ。

 それが地獄の門を開いた事を知らないまま。


 最初に感じたのは音だ。部屋に入ると中扉越しにベッドがぎしぎしと鳴っている。ベッドの上でジャンプしているかのような。

 背筋が吊るような感覚に襲われた。

 次に感じたのは資格だ。扉のすりガラス越しになにかが動いている。それが目に入った途端、パートナーのうめき声のようなものと、全く異質な、男性のような息遣いが聞こえてきた。何が行われているか気付けないほど子供でもなかった。

 パートナーが招いた? いやそんなことはなかろう。私が泊まると分かっていた時に男を呼ぶなど間抜けな事をするわけがない。よしんば私に自分が同性愛者だと嘘をついていたとしてもだ。オートロックが開いていないことを説明できない。第一ここは彼女の部屋ではなく、私の部屋だ。

 それが事件である事に気付くのはさほど遅くなかった。

 その時に限って私は重大なミスをしてしまったのだ。脇に抱えたシュリンクパックを玄関に落としてしまったのだ。シュリンクパックが割れて缶ビールがコンクリートに落ちる。その強い音に反応して陰の動きが止まり、むくりと立ち上がってきた。


 やばい。やばいやばいやばいやばい。


 慌てて飛び出そうとする。しかし彼女はどうする。一歩間違えたら殺されるかも。いや、それ以前に私の命の方が大切だ。でもそこで捕まればいい。彼女の犠牲があるかもしれないが、少なくとも私は生きられる。でも捕まらなかったら? 私は報復措置を取られて彼女のようになるのでは? 彼女のようになればまだましだ。彼女のようにされたあと口封じとして殺されるって事は十分あるんじゃ。

 その姿を想像してしまったがゆえに腰が抜けてしまった。中扉が開いて全裸の男が私に迫ってくる。

 右手にはナイフが、今では見かけなくなった金属製のナイフが光っていた。

 声を出そうとした。しかし男が速かった。

「声を出したら殺す」

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