カセットラジオだけは処分して

ぬかてぃ、

深夜の買い物にて

「本日未明、ビグウェイ市にて無差別殺人事件がありました。犯人は持っていた金属製のナイフで通行人を刺殺。その後走って逃走──」


 旧式のカセットラジオから流れてくる。イヤーフォンのアプリをいじれば公共電波なんかに流す必要もないっていうのにご苦労なことである。いや、未だにこういう仕事でしか食えないやつがいるから仕方なく残されているのだろうか。


 カーテンを開けるとビグウェイの灯りが見える。月四万ギリ―もしないこの田舎からも見える都会の灯りは恐らくこのカセットラジオが当たり前のように使われている頃からずっと見えていたのだろうか。


 ベッドにはパートナーが眠っている。先ほどまでやかましいほど声を荒げていたのに今では驚くほど静かに寝息を立てていた。薄明かりに首元のキスマークが妙に印象深かった。


 私はラジオを止めて冷蔵庫に向かった。のどが渇く。冷蔵庫にはウイスキーが私の事を待ってくれているはずだ。ふらふらと向かって冷蔵庫を開けるとにやりとした笑顔でボトルは横になってくれていた。


 だが氷がない。よく見るとフリーザーポストが動いていないのだ。


 そういえばパートナーが昨日あたり言っていた。フリーザーポストが空気を吸わなくなったので氷を生成できないと。一応代わりになると思って水を入れてみたがうんともすんとも言わなくなってしまったと。


 一瞬デリバリーを考えた。今から連絡すれば十分もかからずにアイスくらいなら届くだろう。いや待て。そんな割高な事できない。スーパーで買ったら百五十ギリ―程度で済むロックアイスが一気に五百ギリ―だ。昼飯一回にしては少ないが間食一回でそれなら満腹に出来るレベルだ。


 別にストレートで飲むのもいいが、いや、今の喉では最初の数口は耐えられてもショット一杯耐えられるかどうか。


 と、考えると。


 うわあ。嫌だなあ。

 そう思いながら冷蔵庫を締めてそっとレーザーウェアを着てツールギアを手に取った。


 ちょっと危ないが仕方ない。わが身の事より今の欲望の方が先だ。レーザーサンダルをはいてギアを回してウェアプリを開く。深夜にこいつは変だな。お水かキャバ嬢かなんかだと勘違いされる。かといってこれは街に出る時のものだし。もういいや。デフォサマで。深夜の服装を見る奴なんかいない。

 デフォルト・夏にギアを合わせてクリックしたと同時に鍵を開けた。


 階段を降りると町内会の「危険! 深夜の外出」という手書きのポスターを横切って通りに出る。夜でも大分明るくなった弊害か、何気ない暗闇の間で事件が多発するのだという。という事だけれどそれは都会の話というやつで田舎にはそんな事があるなんて考えもしない。夜になれば開発もまともに出来ていない林から虫の鳴き声が聞こえるような場所で。


 ふらふらと大通りに出るが車どころかバイク一つすら走っていない。いわんや歩行者。

 そこから少し登っていく。ちょっと歩けば二十四時間スーパーが開いているはずだ。法規制の兼ね合いでどの街にもこういったスーパーが出来るのはありがたい時代ってやつなのかね。まあ、併設する交番のおじさんだかおばさんだかがうるさいんだけど。

 十分もしないうちにこの田舎には不釣り合いな明かりが飛び出している。やれやれ。運動した後に運動を重ねるのは大変だ。


 入口に着き、ギアから身分証明書を出し鍵穴に突っ込む。そうだ氷だけじゃなくてつまみも買っていくか。もしかしたらあいつも起きてくるかもしれない。へらへら笑いながら店内に入っていく。


「こら。こんな時間に若い女性一人で危ない」


 やっぱりというかなんというか店に入る前に中年の警察に怒られる。知った事かと思いながらカゴにギアをぶっ指す。警官の面白くもないお小言よりも買い物で得られるポイントの方が大切だ。

 ほとんど誰もいない店内をふらふらと歩くとちょうどノースウェイフェア開催という事で鮭やチーズが安い。刺身を適当にカゴに入れて、ついでに缶ビールもちょっと入れて。後サラミ。サラミとチーズだ。これがないと酒なんか飲めない。

 適当に詰めてギリ―ウェイにカゴを滑らすとシュリンクパックにされた。カバン忘れちゃったと思いながらそれを脇に挟んで出口に向かう。缶ビールの冷たさが二の腕についてきてひやりとさせられた。

 そしてその冷たさが私の買い物に出た本来の理由を思い出した。

 氷、と口にした時にはもうスーパーの光は遠い。一瞬迷いが生まれたが、また一々戻るのも面倒というか、もうビールで代用きいちゃうからいいやとか。しょぼんとしながら階段を上っていった。

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