第429話 誤解(将軍視点)

 いきなり戦いを申し込まれてしまった。ただ本人は本気で戦う気はないらしい。


 何かを思い悩むように「むむむ……」と唸りながら攻撃をしてくる。久しぶりに戦っているので、いい運動にはなるので私としてはとてもありがたいと言える。


 久しぶりの戦闘、過去に出会ったマレスティーナは魔法しかできないような魔法特化の少女だった。魔法に可能性を見出してありとあらゆる方法で魔法を使おうとした。


 その結果魔法はイメージさえあれば発動できるということを思いついたらしい。それらを世界に広めたのは元々マレスティーナだ。


 私には必要のない力だったから失念していたが、ベアトリスの攻撃を見ていて、ふと思い出した。


(こういうのも悪くないですね)


 山一つを吹き飛ばしたベアトリスの魔法を見て私は満足した。ベアトリスは戦いと言っておきながら、戦闘は一時中断となる。


「ちょっとこれは流石にまずい……直しに行かなくちゃ」


 と言って山の方へ向かって飛んでいった。


「ふむ……」


 ベアトリスは天才なのだろう。


「少し教えれば覚えて実行に移し、魔法も体術……大剣の扱いもできている。マレスティーナとは違って、オールラウンダーですね」


 イメージをするということを覚えた結果、魔法の威力はマレスティーナに引け劣らないくらいになっただろう。


 接近戦ができる分、マレスティーナの方が不利だろう。だが、それは昔の彼女だった場合の話だが。


「山を吹き飛ばすほどの威力、あれを受けたら流石に大火傷を喰らっていたはず」


 魔法をわざと受けてみなくてよかった。


 あの飲み込みの速さは一体どこで覚えたのやら……。味方であればとても頼もしいことだろう。


 だが、強いて一つ弱点を挙げるとするのならば、彼女は自身の力をうまく扱えていないことだろう。いや、自分がどれくらい強いのかわかっていなかった。


 だから自分に戸惑いながら戦っているのを私は見抜いている。そしてもう一つ、彼女は足を怪我しているのだろうか?


 ベアトリスはとても素早い動きで私を翻弄しようとしていたが、私にはどうにも足を引きずっているように見えた。それが治ればスピードはさらに上がるはずだ。


「次が楽しみですね」


 そう思う。次、戦う時には本気の殺し合いになるかもしれない。体が震えた……死ぬ恐怖ではない、殺す恐怖と孤独の恐怖だ。


 簡単に彼女が死ぬとは思っていないが、どう抗っても彼女は人で私は座天使。種族の基礎性能からして違う。生きてきた年月も違う。


「また一人になる?せっかくまた楽しくなってきたのに?」


 彼女は殺さなくてはいけない……そう考えるだけでないはずの心臓がズキズキと痛む気がする。


「もう、帰りましょう」


 ここにいても何も変わらない。せめてもの願いとして、私はベアトリスと本気でぶつかり合いたいと思う。


 そのためにも、私は正面から彼女を倒して見せよう。


 次元移動を行い、私は予備動作一切なしの転移を行う。転移した先は別邸。


 私はお飾りの将軍であり、仕事などをする必要はない。書類に目を通してあとはぬくぬくしているだけだ。


 軍なんてものを私は作った覚えはないし、法律なんてものを作った覚えもない。そこら辺は、それらが必要な人間に任せている。


 別邸の入り口に突然現れた私に、警備の人間がとても驚いたような顔をしていた。私の顔を見たこともないはずの警備の人間だったが、私が誰なのかわかったように敬礼をする。


「門を開けなさい」


「はっ!」


 そう言って、何人かが門を開けるために動いていった。


「あの、すみません」


「はい?」


 一人が私に尋ねてくる。


「その傷はどうなさったのですか……?」


「傷?」


 攻撃を喰らってはいるものの傷は受けていないはず。そう思って体を見るとボロボロの服と確かな擦り傷が見えた。


(まさか、あの風圧で?)


 ベアトリスがイメージを強くして山に放ったあの煉獄の魔法、あれを発射する風圧によって傷が入ったとでもいうのか?それ以外に思い当たる節はない。


「ええ、少し知り合いと『戦い』をしていたもので」


「た、戦い!?」


「そうです。彼女が山を吹き飛ばしてしまって、今は一時休戦と言えるでしょうか?」


 間違ったことは言っていない。本当はここで『知り合い』ではなく、別の何かで表せたらもっとよかったのだが。


「私は疲れているので、もう休みます。後のことは役人たちに任せなさい」


「は、はい!そのように伝えておきます」


 そう言ってようやく門が開いた。


 別邸の中に入り、自分の普段よく使う部屋へと足を運ばせる。その間、使用人たちが何人かすれ違い、いずれもこちらを凝視していた。


 部屋の中へ入ると、どこか安心感のある空気が私を覆った。


「ふう」


 今日はとても有意義な日だった。


 ベアトリスがすぐに帰ってしまうのではないかと思って、禁止令を出して正解だった。現に彼女はすぐ自分の住む領地に帰ろうとしていた。


 別れるのであればせめて後少し……少しだけでも私の孤独を和らげてから去ってほしい。また孤独になるには、私の心の傷はデカすぎる。


「今日はもう休みましょう。そして、願わくばまた明日も出会えますように」


 そう思いながら将軍は一人呟いた。











 しかし、将軍は知らなかった。門兵に見られた傷だらけの姿のせいで、あらぬ誤解が広がってしまうということを。


 天下無敵の将軍に傷を負わせた少女。


「我らが将軍様に戦いを挑んだ愚か者を探し出せ!見つけて殺すのだ!」

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