第370話 裏切りまたは(ミサリー視点)

 目の前には数えきれないほどの数で押し寄せてくる反乱軍の姿が見えた。


「先陣は私が……兵蔵さん、援護をお願いします」


「はいよ。お前たちは、後ろから後方支援だ。絶対に姿を晒すなよ?」


「「「はっ!」」」


 ミサリーが歩き始めると同時に忍者たちが散開し、その場には二人だけが残った。


「よもや忍がこうも大々的に活躍する機会が来るとは」


「何言ってるんですか、Sランク冒険者になった時点で大々的すぎですよ」


 Sランク冒険者


 数々の偉業を成し遂げてきた生きる伝説とまで言われるほどの冒険者。その下のAランク冒険者とは隔絶した力の差があり、Sランク冒険者に対抗できるのは同じSランク冒険者だけとも言われる。


 この世界は量より質で勝利を手にする世界。いくら何万の兵隊が軍団を成して統率の取れた動きで攻めてこようと、Sランク冒険者の前では全てが等しく、


「お掃除と行きましょう」


 ゴミである。


 ミサリーの優雅な足取りに反乱軍は見とれると同時に、戸惑った。この軍勢が目に入らないのか、あの女は一体何をしているのかと。


 だが、その興味の目の色はすぐに恐怖へ塗り替えられることになる。


「どでかい一撃を放てる技は、私にはありませんが……その分スピードであなたたちを倒させてもらいます」


 瞬間、とてつもない風圧が辺りに広がる。反乱軍最前列にいた者たちは不運だった。目を開けた次の瞬間には、既に死んだ後なのだから。


「ば、化け物!」


「化け物で結構。では、おとなしく死んでくれたらありがたいのですが?」


 すかさず次の相手を標的に定めたミサリーの動きを止められるものはいない。視界にすら映らないほどの速度で戦場をかけ回り、手当たり次第反乱軍を殺して回る。


 気づいた時には目の前にいて、気づいた後には死んだ仲間と同じ末路を辿る……それと想像しただけでも反乱軍を恐怖させるのには十分だった。


「うわああああああ!?」


「来ないでくれ!」


「いやだあああ!」


 悲鳴が共鳴する。戦場には心臓を一撃で貫かれた死体がいくつも転がっている。


「隊列を崩すな!向こうの奴を狙え!」


 その隊のリーダーと思われる男がそう叫ぶ。その先には服部長老がいた。


 いくら戦場に二人で乗り込んできたとはいえ、あの女よりかは確実に弱いはずだ。と、勝手にそう思い込んでいた。


 突っ込んでいった反乱軍が槍を突き刺そうとしたとき、


「刺さら、ない?」


 全力で突撃をし、確実にお腹をくりぬけると思ったその攻撃はいとも容易く受け止められた。しかも、手で受け止めたのではない。ただ何もせず、攻撃を受けたのだ。


「『忍耐』の名は伊達ではないからの。ほれ」


 服を捲って見せる服部長老。そこには人間とは思えないほどに仕上がった肉体があった。腹筋には脂肪がついていた痕跡すら見られないほど筋肉で覆われていて、槍はただの腹筋によって受け止められたのだと、兵士はここで気づいた。


「次はこちらから行くぞ?」


 それはただの拳による正拳突き。しかも、掠ってすらいないその正拳突きにより、槍で刺した兵士の頭が吹き飛んだ。こいつも化け物だ、と誰もがわかる一撃だ。


「くそ!くそ!どうなってんだ!」


 確かに前回敗退したものの、ここまでの化け物がいるなどとは聞いていなかった。前回の敗因は数百人単位と少ない人数で攻めたからいけなかったのだと思い、人数を増やせばどうにかなると楽観視していた。


 その結果がこれだ。


 目の前に広がるのは蹂躙。一人は目に見えないスピードで兵士たちを惨殺し、もう一人は拳と忍術らしきものを使って、複数人を同時に殺して回っている。


「なんでだ!なんで……」


「あなたが指揮官ですか?」


「ひっ!」


「ふむ、指揮官が前線にいるわけもないか。安心してください、死ぬのは一瞬ですから」


「ま、待ってくれ!」


 目の前に現れた女はひどく冷たい視線で、こちらを見下ろしてくる。そのとき、自分の死期がもうすぐそこに迫っているのを察した。


「では、さよなら」


 そして、目を瞑り死を覚悟したが、それは訪れなかった。


「なっ!?」


 その代わり、その女の驚く声が聞こえた。何が起きたのかと目を開けると、そこには金髪の青年がいた。


「ぼっちゃま!どうしてここに?」


 ぼっちゃまと呼ばれたその男は、確かここの領主の男だったはずだ。


「何をしているのですか!この人を助けて!」


「別に」


「もしや……私たちを裏切ったのですか?」


 女の顔が先ほどよりも冷酷に、殺気に満ちた顔へと変わった。


「そうだと言ったら、どうするんだ?」


「許さない……」


「お前は公爵家のメイドだろう?なら、俺にも従え」


「私の主人はベアトリスお嬢様ただ一人。我が主人に逆らう者は誰であろうと、ぼっちゃまだろうと始末します」


 女の体の周りから風が流れ出した。


「やってみろ」


 金髪の男の周りからも水が出現する。


「何をしているんだ!」


 ミサリーの後ろから現れた服部長老は彼女の肩を叩き振り向かせる。


「邪魔しないでください!」


「落ち着け!今そいつを殺したら、悲しむのは誰だ!」


「……………ちっ」


 ミサリーの頭の中にライ様とお嬢様の顔……そして、ぼっちゃまに仕える使用人たちの顔が浮かんだ。


「絶対に殺してはならん。それに……何か様子がおかしい」


「様子?」


「わしにもわからないが、とにかく普通じゃない気配を感じる。何か……中にいるような」


「ぼっちゃまの相手は私がします。悪いですけど、あと一万人はお一人で相手をしてください」


「全く、年寄りづかいが荒いやつだな」


 そう笑いながら、服部長老は手で合図を送る。


「攻撃開始だ!」


 すると、どこからともなくクナイが飛んでくる。その攻撃と共に服部長老の攻撃は再び始まるのだった。

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