第371話 服屋の女性(ミハエル視点)

 日ノ本に来る前、私は服屋を営んでいた。営んでいたと言っても、集客はゼロ。なので、そんな店が続けられるわけがない、それは明白。


 だけど、私はお店を続けた。どういうことか……一人でお店を続けることはできない。


 だから、私は教会を頼った。教会にはちょっとした伝手があり、ある程度は優遇してくれるのだ。


 協会からの出資を受けて、私は儲かるはずのない店をやり続ける。そんなことに意味があるのかといえば、実は意味はあるのだ。


『いつか、店に【勇気ある者】が訪れるだろう。彼女らについて行きなさい』


 と啓示……ではないかもだが、そうとある司教に言われたのだ。


 話の通り、本当に一度も訪れなかった『お客』が現れたのを見て、思わず表情が動かなかった。とにかくそのお客に私はついていくことにした。


 理由なんてない、偽りの理由を伝えて私はなんとなくでついていくことにしたのだ。教会からの出資のおかげで私の手持ちは潤っている。そして、訪れた客はなんとSランクの冒険者。


 どこへ行っても困ることはないだろう、そう思っていた。


 だが、現実なんて甘くないのだろう。


 日ノ本では内戦が起きていて、彼女らはその内戦を止めるために日ノ本へ向かっていると話を聞いた。本当に勇気に溢れている。


 それをたった数人で成し遂げようとするなんて……いや、Sランク冒険者だからこそだろうか。


 道中いろいろなものを見てきた。多くの死体と絶望している表情……それだけではない。反乱軍の狂喜の顔やそれに対する怒りの顔も。


 それを見るだけでも私の心は怒りに染まっていった。でも、私自身には何もすることができない。


 偽善と言われても仕方がない。だからこそ、その偽善でもいいから行動するしかない。


「ベアトリスさん、私にも何か手伝わせてください」


 ベアトリスさんは快く私に仙人さんを任せてくれた。


 転移という摩訶不思議な術で消え去った後、私は仙人さんに向き、近づく。


「縫うわけではないな?」


「……はい、その通りです」


 服屋を営んでいたとは言ったが、裁縫は別に得意じゃないし、縫い合わせる程度で木津が治ったら苦労しない。


「では、どうするつもりだ?」


 私には魔法が使える。回復魔法だって一応は使える。


「やるだけやって見ます」


 手から暖かな光が溢れ、それを仙人さんへと向ける。淡い緑色の光で体を包み込むように魔力を操作していき、魔力の出力も上げていく。


 だが……所詮は力のない一般人。大した効力を発揮している様子はない。


「奴につけられた傷だからな。そう簡単に癒えやしない」


 仙人さんはそう励ましてくれた。だが、こればっかりは私の力のなさが原因だ。


 もっと私に力があれば……あるいは戦争で死ぬ必要がなかった人が何人もいたのではないか?私にもっと癒しの力があれば、仙人さんをすぐにでも治して、ベアトリスさんの負担を減らせるのではないか?


 《欲しいですか?》


 頭の奥から声が聞こえる。それは優しい女性の声だった。


 《力が欲しいですか?》


 その声の主に、私は心当たりがあった。だが、ここにいるはずがないのだ。今の私にこの人の声が聞こえるわけないのだ。


 その声は私が必要としている力を与えてくれると言った。私が困惑しているのに気づいたのか、仙人さんは優しく声をかけてくれた。


「落ち着け、何を考えているのか知らんが、我はお前に任せよう」


 もちろん仙人さんにはこの女性の声は聞こえていなかっただろうけど、察しはいいらしい。


 私は瞳を閉じる。


 確かに力は欲しい。だけど、私が欲しいのは、だけだ。それは、癒しの力。


(私の……癒しの力を元に戻してほしい。他の力はいらない。だから、お願いします。


 《やはり、あなたが一番相応しい》


 突如として、私の体から溢れんばかりの光と力が湧いてくる。


「お前……何をしたんだ?」


「私に、任せてくれるんですよね?」


 私は体に感じるありったけの魔力を使い、仙人さんの体を包んでいく。仙人さんの周りを囲む眩いばかりの緑の光が爆発するように一瞬視界を奪った。


 次に視界が開けた時には、仙人さんが全身にうけた細かい傷から、深い傷まで……その全ての傷が跡が付くこともなく、元通りになった。


「戻った……私の力……!」


 私が自分の手を見つめていると、仙人さんは起き上がって埃を払う。


「まさか本当に治るとはな。我と対極をなすあいつの攻撃は、我には有効打だ。治療は絶対に無理だと思っていたが……」


 体の様子を不思議そうに眺めていた仙人さんが、ふと顔を上げて私の方を見た。


「お前は一体何者だ。この治癒力は……まるで『聖女』のそれだ」


 聖女


 教会に所属する癒しの第一人者。全てを慈愛でもって癒し、人類を勇者と共に守る麗しい女性。


 でも、私はそんな大層なものじゃない。私は聖女になれるような器ではない。それに、今の聖女はオリビア様だから。


 故に、私はただの服屋だと答えようとしたが、


「良い、本当のことを言いづらいのであれば言わなければいい」


「私はまだ何も……」


 いや、勘がいいのだろう。


 本当のことを伝えていいのかはよくわからない。真実を伝えるのもいいのかもしれない。だが、それを最初に伝えるのはこの内戦が終わった後にしておこう。


「私は……服屋を営んでいる、ただのシスターですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る