第359話 もう一人の仙人
剣術訓練が終わると、レオ君は残って刀術を学んでいた。ユーリもそれを眺めながらお昼寝するそうで、私は先に冒険者組合に帰る。
何度も組合に帰るのはかなり面倒くさい……今日はもうゆっくりしたいな。そんなことを考えながら中に入ると、突然目の前に受付さんの顔が現れた。
「うわっ!?」
「ベアトリス様!伝言です!」
「何ですか?っていうか、近い……」
「あ、すみません!」
伝言?伝言を言い渡すような関係の人組合にはいないと思うけど……。
「それで、誰からの伝言なんですか?」
「はい、それがなんとコウメイ様なんです!」
「え?」
お兄様?
「おに……コウメイ様が何で私に伝言を?」
「それはわらかなかったですけど、『夕方頃、屋敷の庭で待っている』と……」
果たし状ではないよね?大丈夫だよね?手袋投げられて決闘だとかないよね?
「不安だぁ……」
一体私どうなってしまうのだろうか?
♦️
「そろそろ夕方ごろだけど、何で時間指定してくれないのお兄様は……」
組合を出てまた歩き出す。もう今日は歩きすぎて死にそう……。
ライ様にその話をしたらとても喜んでくれたけど、私からしたら一体何があったんだ状態なのよ。
何もしていないのに、いきなり呼び出される恐怖が理解できる人結構いるんじゃね?って私は誰に話している……。
「ついたけど……」
屋敷の目の前まで到着する。警備の人の姿はなく、入っても誰にも気づかれないだろう。
「警備の人も復興作業で忙しいのか」
屋敷の門の前で一度深呼吸をしてから、門をくぐった。庭は屋敷と大差ない程の広さとなっており、小さな川のようなものまである。
「夕方頃……だよね、今。お兄様いつ来るのかなー?」
そう思って、屋敷の方を見ていると、
「来ないよ、君のお兄さんは」
「え?」
いきなり声が聞こえた。最近はドッキリ要素が多すぎる出会いしかしていないので、もう驚きも薄れてきた気がする。
「誰ですか?というかどこにいるんですか?」
「木の影だよ」
そう言われて、庭に一本だけ植えてある木を見ると、その影から一人の男性が出てきた。その人は黒が基調の袖広で所々にある装飾と緑色の線が入っている和服を着ている。
「どちら様で?」
「私が誰かなどは今はどうでもいいでしょう?」
良くないわ。
「お兄様は何で来ないの?」
「君のお兄さんは君なんかにかまっているほど暇じゃないんだよ」
「はあ?」
忙しいのはわかっていた。だからと言って、自分から呼び出しておいて忙しいから来ないというのか?
いや、そうじゃないな。
「あの伝言はあなたが書いたの?」
私の予想を口にするとその男は、
「ピンポーン、大正解」
と言って笑顔を作る。だが、目は確実に笑っていない。
「何だかどっかで見たことある気がする……誰だ?」
いや、気のせいだろうか?
「で?お兄様のふりをしてまで私を呼んだのは何で?」
名乗りすらしない奴は大体怪しいと相場が決まっている。
「いやぁ。ちょっと気になったんだよね」
「何が?」
笑顔のまんまその男は続けた。
「新しい選抜者がどんな人なのか、ね?」
「は?」
待て待てこいつは今何のことを言っている?選抜者?選ばれたってこと?
最近選ばれたことといえば、あれしか思い当たらないけど?
「どういうこと?」
小声で、スキルの方に質問する。すると、脳内の中で返答が返ってきた。
《世界に選ばれた者は自分達を『選抜者』と呼称しているようです。そして、死んだり狂ったりしてしまったものを除いて、今生き残っているのは個体名マレスティーナとあなたの二人です》
「じゃあ、あいつは誰?」
《スキル保持者です》
死んだり狂ったりした人以外生き残っているのは二人だけなんじゃないの?
「もしかして、狂ってもスキルは残るの?」
《肯定します。スキル保持者の人格が歪んでしまっても、スキルがその身から離れることはありません》
ってことは、あいつは……。
「なんだ、私の顔に何かついているのかい?」
狂ってるのか。
「で?もう一度聞くけど、あなたは誰?」
「私の正体はどうでも……」
「私にとっては良くない。答えてよ、『選抜者』君?」
そういうと、その男は面白そうに笑った。
「ははは、ただの仙人だよ」
「仙人?」
仙人って八呪の仙人みたいに、無表情な人ばかりだと思っていたが、こういう類の人もいるのか……でも、狂ってるんだよなぁ……。
「新しい選抜者が観察できて満足?なら、早く帰ってほしいんだけど?」
「そうさせてもらうよ。今日は喧嘩を売りにきたわけじゃないからね」
「そ、じゃあさっさと帰って」
そう言って、私は立ち去ろうとする。
「ふふふ、楽しみだな」
と不気味に笑う声が聞こえて思わず振り返ってしまった。
「何?」
「大切なものを無くしたとき、どんな顔をするのかな?」
「……どういう意味?」
その質問に答える前に、男は姿を消した。
「大切なものをなくす?一体何の話をしているの?」
だが、これ以上大切なものを失うのは真っ平御免だ。もうこれ以上何も失いたくない。
「そのために強くなったんだ」
できるものならやってみろ!
そう心の中で叫ぶのだった。
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