第314話 冒険者登録


 次の日


 昨日は懐かしの自分の部屋で熟睡した。ミサリーも一緒の部屋に寝たのだが、寝る直前までユーリと抱き枕にしようと必死だったようだ。


 だが、それでもすぐに寝ることが出来たのは疲れていたからだろう。半日歩き続け、訳の分からない女の人に襲われ、魔物を狩る。


 重労働にもほどがあると思わなくもないが、こんな生活も後二日と数時間で終わると思えば少し悲しい。


 まあ、会えないわけじゃないから、勅命を完了させ次第、帰ってもいいわけだし。うん、なんだかまた面倒事に巻き込まれる予感がビンビンしている。


 と、今日は一応土曜。つまり休日である。


 教師としてすることがなければ、他にすることもない。


「暇だ……」


 試しに屋敷だけでも建てなおすか?いや、二日で終わる気がしないし、やめておこう。


 じゃあ、何をするのかといえば、


「ミサリー、冒険者登録に行こう」


「お供します!」


 こう見えて私は冒険者として登録していない。なお、ミサリーは十年ほど前からBランク冒険者として活動している。


 なんということでしょう、こんなところに大先輩がってことで、推薦してもらっちゃお!


 ずるいといえばずるいが、そのぐらいのずるは許してほしい。私以上に多忙なお子ちゃまはいない気がする。


「というわけで……」


 転移した先はいつぞやに訪れた王国の東側に位置する帝国のとある街。なんだかとても賑やかになっている。


 というよりも、魔物の数が極端に少なくなっている。いや、まあ私が全滅させたっていう記憶は残っているのだが、いまだにゼロ匹を維持しているのか?


 すご。


「見てくださいお嬢様!動物が!モフモフが!」


 ウサギをみてきゃっきゃと喜んでいるところ悪いが、ここの地域に動物っていたっけ?


 まあいいや。


 それよりもこの街にも冒険者組合があった気がする。


「こちらですかね?」


 ウサギを抱き上げながら言うミサリーの視線の先には、この街で一番でかいのではないかと思えるほど大きな建物があった。


 そこには確かに冒険者の文字が見えた。


 出入りしている剣士や魔術師たちもいるから間違いないだろう。


「では、入りましょうか」


 目の前にある建物に一歩足を踏み入れる。あっ、ウサギはちゃんと逃がしてからね?


 そして、入ると同時に視線があちこちから一か所に集中する。私にも集中していたが、一番視線が集まったのはやはりメイド姿のミサリーだった。


「なぜこんなところにメイドが?」とでも言いたげな視線がたくさんあったが、おそらく上位ランクであると思われる冒険者が一言呟いたら、その場の空気がすぐさま変わってしまった。


「あれ、ミサリー様じゃないか?」


 その一言で、すべての興味本位の視線が、尊敬と畏怖の眼差しに変わった。


「え、どういうこと?」


 たかがBランク冒険者に頭なんて下げるか?


「ふふふ、お嬢様?いつまでも私がBランク冒険者だと思ったら大間違いですよ?」


 それは一体どういう意味だ?と、聞く前に受付にたどり着く。


「ぼ、冒険者カードの提示を……おね、お願いします!」


 なんということだ、いつでもはきはき喋ってくれるはずの受付さんがこんなにも緊張しているじゃないか。


「こちらですね、はい」


「かか、確認します!」


 と言って逃げるように裏へ入っていってしまった。そして、背後からは「誰か話しかけろよ」「いや、ミサリー様に話しかけるなんて……」という声が聞こえる。


 一体どういうことなのだろう?


 そうして待つこと数分、裏から誰か違う人物がミサリーの冒険者カードを持って現れた。


「お待たせしました、Sミサリー様」


「S?」


 いつもならすぐ自慢してくるミサリーだが、今日はきりっとした顔立ちでその問いに応じる。


「私は、この街の冒険者支部でギルドマスターを務めているオリバーです」


 オリバーさんは清潔感のある紳士のような、びしっと決まった服を着ている。黒が基調となった服に、若干の白髪が混ざった髪ときれいに整えられた髭が特徴的だ。


「それで、王国の冒険者様が帝国まで何用で?」


「それは、諸事情によって言えません。来た目的はこちらの方の冒険者カードを発行してほしいのです」


 そういって、私のほうを指さす。すると、オリバーさんもこちらを見る。


 鋭い眼光に睨まれながら、後ろから飛んでくる「あんなガキを?」という声に反応しないよう必死に耐える。


「失礼ですが、こちらの方は……」


「私の主様です」


「主ですか?」


「こちらにおわす御方は、ステイラル王国公爵家が長女、ベアトリス・フォン・アナトレス様にございます!」


 そう言った瞬間、会場のざわめきが一瞬途絶えた瞬間、わっと湧き出す。


「ベアトリスって、あの『神童』のベアトリス!?」


「まじかよ!握手しに行こうぜ!」


「っていうか、アナトレス家って全滅したんじゃ」


「ちげーよ!行方不明だったらしいが、最近生存が確認されたらしいぜ!にしても、こんなところにいるとは……」


 このバカ!


 なぜ君は悪魔の存在を忘れているのか?見つかれば私たち終わりだよ?


 ここにとどまることはできなくなってしまった……だったら早く用事を終わらせてしまおう。


「メイドが言いましたが、改めて名乗らせていただきます。私はベアトリス・フォン・アナトレス。公爵領はつぶれたも同然なので、ただのベアトリスでいいです」


 そういうと、おお~という謎の声が湧く。


「それでは、ベアトリス様。カードを発行いたしますので、少々お時間を――」


 と、オリバーが言おうとしたその時、


「こんなガキが?お前ら頭どうかしてるぜ?」


 そんな声が後ろから聞こえてきた。ああ、またいつものパターンか。


 そんなことを思いながら振り向けばいかにもずる賢そうな顔をした男がいた。


「俺はAランク冒険者のドルドだ。そこにいるSランク冒険者様の主人なら、お前はそれよりも強いんだよなぁ?」


 生意気にそう尋ねてくる。にしてもAランク冒険者か。


 冒険者のランクは魔物のランクと対応しているとは聞くが、果たして……


「そうですね、そういうことになります」


「ははは!言い切りやがったよ!もしそれが本当なら、俺と戦え!負けたら、そこのSランク冒険者を貸し出してもらおう。うむ……ガキはまだ無理だからな」


 ドルドの目つきがいやらしいものへと変わる。


 きっしょ。


「いいでしょう、その代わり……私が勝てばAランク冒険者でランクを始めさせてください」


 そう言ってオリバーさんのほうを見れば、何やら考え込んでいる様子。


「まあいいでしょう。二つ名を冠している時点でSランク上位の実力は約束されたようなものですから」


 と、「ぼこしてきなさい」とでも言いたげな笑いでこちらを見るオリバー。


「では、始めましょうか――」

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