第302話 帰ってきたベアトリス

 久々の大学院は薬品の匂いであふれていた。その匂いは久しぶりに嗅ぐにしてもキツイ。


 門を通過すると、大学院に受付事務員さんが珍しいものを見たかのように私を凝視したのち、理事長室まで案内してくれることになった。


 どこに言っていたのか、とか。いなくなっていた間何をしていたのか、とかは聞かれることはなく、早歩きで階段を上っていく。


 そして、三回ほどノックしたのち、理事長室から声が聞こえた。


「どうぞ……って!?」


「お久しぶりです理事長」


 事務員さんはすでに退却しており、頼れる盾が無くなってしまった。


「今まで何してたのー!?」


 肩を掴まれたかと思うとグワングワン揺らされ、質問が次々に出される。


「落ち着いてください!」


 肩を掴んでいた手を引きはがしてやると、理事長も少しばかり落ち着きを取り戻したように、深呼吸をする。気持ちが落ち着いたのか、顔の表情も和らぐと改めて何があったのか聞いてくる。


「……ということがありました」


「なんていうところに入りこんんでるのあなたは……」


「え?龍の部族に……」


「そうじゃないでしょ!?普通お使いは国内で済ませるでしょ!誰がわざわざ隣国まで行ってとってきなさいって言ったの!」


 理不尽ここに極まれり。


「でも、素材は手に入ったんですし、いいじゃないですか」


「まあそうかもしれないけど……もういいわ。あなたに何を言っても無駄だろうし」


 結局素材は何に使うのかよくわからないまま、理事長の手の中へと渡っていく。素材は一時的に倉庫に預けられることになるそうだ。


 何かの実験で使うのだろうか?


「一週間ほど空けてたんだから、クラスのみんなが心配してるわよ?」


「そうですね、明日から普通に授業ですし顔を出しときますか」


 まあ、わざわざ部屋の中まで足を運ぶつもりはないので、もし外に出ている生徒がいれば、顔を出しておこう。


 どうせ、その子たちがみんなに伝えてくれるだろうしね。


「では行ってきます」



 ♦️



 教室の中には案の定誰もいなかった。勉強してければ図書館にいるはずだし、訓練したかったら校庭に出るだろうし、当然といえば当然だが。


 図書室に私が足を運んで仕舞えば、またあの『呪い』にかかってしまう気がするので、とりあえず校庭へ向かう。


 また、一日中図書室に篭るのは嫌だからね。


 裏口から外へ出ると、外で子供のように走り回っている生徒たちが数人いる。


「あっ!」


 その生徒たちはどうやら私の受け持っている子たちだったようだ。


「おーい!みんなー!」


 私が駆け足でその数人の生徒たちの元へ向かっていくと、次第に私の存在に気づいたのか走る足を止める。


「何してる……の?」


 子供のように走り回っているように見えた生徒たち……いつものナナやヤンキーをはじめとしたいつメンは、私とみんなの距離が近づくにつれ、最初に抱いた印象からだいぶかけ離れていく。


 無邪気に手を動かしながら、走り回る……まるで鬼ごっこをしているように見えたその姿は、むしろその逆だった。


 体力の限界を迎えながらも、気絶しまいと必死に腕を振って走っているその姿、半目になって今すぐに倒れてしまいそうな顔はなんというか痛々しいものを感じさせた。


「みんな何やってんの!?」


 驚きのあまり私が叫ぶと、


「ベアトリス?帰ってきたんだ」


「ご主人様!」


「ベア!ようやく戻ってきたんだね!」


 と、三人だけ元気そうな声が聞こえた。


 ただ、そのうちの一人である殿下だけは、他のみんなと同じように汗だくで辛そうな顔をしている。


 無理やり笑顔を作ってた。


「レオ君、ユーリ……この地獄絵図は?」


「ご主人様がいない間に、特・別・授・業・をやってたんだよ!」


 その特別授業は、どうやら日曜も行われているらしい。


「待って?話について行けないんだけど……」


 久しぶりに私にあったからか、興奮気味のユーリでは説明があやふやなので、レオ君に説明してもらう。


「なんかそっちもそっちで大変そうね」


「あ、あはは……僕はこんなにキツくするつもりなかったんだけどね」


 苦笑いをするレオ君。


「ご主人様!ボクの方も見てよ!」


 キツネの姿に変化して肩にのぼり頬擦りをしてくる。


「わかったわかった!ちょっと落ち着いてね……」


 ユーリの頭を撫でてあげれば、普通の小動物のようにおとなしくなる。


「……………」


「ん?どうしたのレオ君?」


 何やらこちらをじっと見つめてきている。ぼーっと私の手を見つめている。


「あ〜……」


 レオ君の頭にも手をのせる。わしゃわしゃと頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めるレオ君。


 あれ?もしかして、獣人にもこういう性質あったりするの?


「わっ!?」


 こう見えて私は悪戯が大好きなのだ。


 服を捲ってお腹を撫でてやる!


「……!」


 口がわなわな震えているが、それは怒っているのではなくて舌が出てこないように耐えているようだった。


(レオ君って狼種だっけ?)


 か、かわいい!


「何してるんすか……」


 気づけばボロボロになったヤンキーがこっちに近づいて来ていた。


「あーごめんごめん!つい……」


 とヤンキーの横をチラ見すると、もう一人撫でて欲しそうな人がいたが、その人は無視しておく。


 殿下は小動物じゃないしね。


 気づけば地面に寝っ転がっていたレオ君は我に帰ったようにガバッと立ち上がる。


「うぅ……」


 恥ずかしさで唸っているが、笑いそうになっている私に厳しい目線がいくつか飛んでくる。


「おい……こっちはこんなに訓練してんのに、何いちゃついてんだよてめー……」


 ごもっともです。


「あ、そうだ先生!」


 ナナが話しかけてくることで、どうやら話がそれたようだった。


「私たちと一度戦ってくれませんか?」


「戦う?」


「私たち、みんなで訓練してたんです!先生の実力は知ってます。先生が『お使い』でいなくなった後、すぐに訓練を始めました!厳しく指導していただいたおかげで、とても強くなった気がするんです」


 必死にそう訴えかけられる。私としては、そんなに必死にお願いをしなくても、私は全然受けて立つけど。


「いいよ、やろう」

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