第301話 無事

 マレスティーナ


 かつて、勇者を超えるパーティとしてその名を轟かせていた人物の一人。そのパーティの中で魔法を得意とする『魔術師』だったマレスティーナは、そのあり得ないほどの魔力量と、殲滅力で民衆からは『大賢者』と称されるほどの人物であった。


 十数年前には魔族領へ一人で旅に出ていってしまい、それから一度も彼女は人間の住む街に帰ったことはない。


 彼女の伝説は数えきれないほど存在し、もはやランク分けで区分できる人物じゃなくなっていた。


 そんな生きる偉人とも呼べる人物が今、フォーマの目の前にいた。


「このお菓子うま!」


 ……まあ、想像していたのより、少しラフだが。


「それで、マレスティーナ。あなたはなぜここへ?」


「ん?そりゃあ私を呼ぶ声が聞こえたからさ」


「呼んでない」


 少なくとも呼んだつもりはない。


「そんなのは問題じゃないさ。で、そろそろ本題へ入らないかい?」


「本題?」


 目の前にいる女性の雰囲気がやや重たくなる気配を感じる。とてつもない重圧……抗い難いほど重々しい空気が流れるがフォーマは動揺することなく対処する。


「君は一体何者だ?君のような名前はここ数十年聞いたことがない」


「……それは、一体どういうことでしょう」


「君ほどの腕前なら、少しは名が知られているはずだ。少なくとも、Sランク冒険者の期待の新人くらいにはね」


 正直、Sランクという基準はあってないようなもの。Sランク冒険者になる基準は、個人での実力がSランクに匹敵するか否か。


 災害級に足を踏み入れていたとしてもSランクと呼称されるのが人間社会。


「冒険者組合には所属していない」


「ん〜、それは本当っぽいね。ただ……私の前で嘘をつくことはできないからね?」


「……そう」


 そっけなく返事を返すフォーマを見て、マレスティーナは何か諦めたように、その強い重圧を解除した。


 グルーダやシャルは身を寄せ合って震えていたが、それも治る。


「はあ!あなた脅しても全然動揺しないじゃん!」


 つまんない!と、マレスティーナは子供のように文句を言う。


「まあいいわ、心理戦といきましょう……」


「知りたいなら話しますが?」


「……………」


 ちょうどカッコよく話が進みそうな流れだったが、それをバッサリと断ち切る。


「……っぷ」


「笑うなシャル!まだガキのくせに!」


「うるせえクソババア」


 どうやら、目の前の女性、マレスティーナは見た目以上に歳をとっているらしい。ただ、名前について聞けば何か、踏み込んでいけない領域に入りそうなのでやめておく。


「はぁ……で、話してくれるの?」


「別に、構いませんよ」


 もし、この目の前にいるのが悪魔の手先だったとして、情報を渡そうが渡さまいが、結果は変わらないだろう。


 悪魔の手先なら私からあげられる情報は既に知っているはずだし、何より勝てないから……。


「じゃあ、何を話してくれるのかな?」


 ……そうして、フォーマはシャルの家で居候することになった経緯を話す。


 それはちょうど、転移で公爵領へと戻ったあたりの話から始まった。


「私のいない間に、面白そうなことになってるね」


「そして、公爵領は潰れた」


 そういった時、マレスティーナが少し目を開いた。


「その公爵領ってアナトレス家?」


「そう」


「嘘でしょう!?」


 椅子がバタンと倒れ、机がドンと、叩かれる。


「だって!あそこにはメアリがいるはず!あの子が負けるわけないでしょう?その……悪魔の少女がいくら強くたってさ!」


「……メアリは既に死んでいる」


「なんだって?」


 メアリは聖騎士として世界最強と呼ばれるほどの女性だった。そんな女性が負けるはずないと予想していたマレスティーナだったが、フォーマの解答はマレスティーナの予想の斜め上だったようだ。


「既に死んでた?ですって?」


「そう……だから、戦ったのは私の主人とその仲間」


「あなたの主人?」


「ベアトリス・フォン・アナトレス。アナトレス家の長女」


「……………」


 少しの間沈黙が訪れるが、


「そうか、メアリの子供が……」


「で、私たちは負けた」


「あなたの主人……ベアトリスは、もちろん強いのよね?」


「強い」


「だよね……メアリの生んだ子が弱いわけないもんね」


 謎理論だが、それはある意味正しかったようだ。


「その……誰だっけ?」


「レオと、ユーリ」


「も、もちろんフォーマくんレベルに戦えるわけね。それで負ける?もしかして古代種でもきたの?」


「何それ?」


 説明を詳しく受ける。


 古代種は全ての生物において使われる用語で、何千年も前から生きる生き物のことを古代種と呼ぶ。


 古代種はその長い長い期間で、戦闘経験を積み、あり得ないほどの知識と鍛え上げられた肉体と魔力を持って、現代においては敵なしの存在と言える。


 端的にまとめる、どの種族においても最強格の筆頭。


「レオくんが古代の転移魔法の呪文を知っててよかったね〜行き先は知らないけど」


「早く合流しないと」


「あ、待って!」


 別に今すぐ出て行こうとしたわけではないが、思わずその声に反応してしまう。


「あー……ベアトリスと……レオとユーリ……いた」


「……?」


「見つけた見つけた!森の中よ!」


「え」


 アースアイと呼ばれる目の中に魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣が目の中で回転を始めたかと思うと、マレスティーナは三人を見つけたと告げる。


「あー、みんな寝ちゃってるね」


 その声色は嘘をついている時の声色ではなかった。


「みんな気絶してる。いや、むしろ仮死状態っていったほうがいいかも。あなたもかなりボロボロだったらしいけど、あの子たちはもっとボロボロね。古代の転移魔法はね。いったこともない場所でも転移できる優秀な代物だけど、その代償にとてつもない負荷が体にかかるのよー」


 だから、戦闘後に使う魔法としては不適切だ、と述べる。


「どこの森かはわからないけど、三人無事みたいよ」


「それはよかった」


 となると、今勝手に動いて私の居場所がバレるのも避けたい。三人が固まって同じ場所におり、そしてまだ悪魔に居場所がバレていないのであれば、仮死状態ではない私がバレる訳にはいかない。


「ってことで、もう少しよろしく」


「ふざけんな!?」


「ありがとう」


「了承してねえから!」


 シャルは元気に騒いでいる。


「ところで、その目の中の魔法陣は何?」


 マレスティーなの瞳には綺麗な美しい魔法陣が描かれている。


「あーこれ?さっきも言ったじゃん。『アースアイ』って言って、別名『世界眼』……私の知りたいと思うことはこの眼がなんでも教えてくれるって感じ?」


 どこが普通の目なのか、教えてくれないだろうか?

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