第300話 大賢者(フォーマ視点)

「さて、そろそろ本の続きを……」


「おい、てめー!いい加減にしろよ!」


 叫ぶシャルの声は本を読もうとしていた私と、寝ているグルーダを起こすには十分な声量だった。


「お前なぁ……俺ん家に居座り始めて何日経ってんだよ!」


「まだ数日ですよ」


「そろそろ怪我治っただろうが!」


「……気のせいです」


 ボロボロになった体や魔力も完全に回復し、すっかり元気にはなっていた。


「本の続きが読みたいのですが?」


「そんなに気に入ったのなら、持ってちまえばいいだろ!?」


 それでいいのなら持っていってしまおうか。


「あとさぁ、お前なんか探してるんじゃなかったのか?」


「……………あっ」


 思い出してみればなんで私は魔族領にいるのだろうか?それは転移で飛ばされたから。


 そして早いところベアトリスと合流しなくてはならないということも……。


「そうですね、そろそろお暇させて貰います」


「おう、お前のせいで俺の寝る場所が取られてたんだからな?身体中痛えんだよ……」


 本を閉じて立ち上がる。


「その本が気に入ったのか?」


「ええ」


「作者は?」


 そういえば作者の名前は見ていなかったな、とタイトルに戻って作者の名前を見るとそこには……


「マレスティーナ……だそうです」


「な!?」


 名前を口にすれば途端に顔を青ざめさせるシャル。その理由を知っているらしいグルーダはにししと笑っている。


「おいダメだ!魔族領であいつの名前を呼んじゃ!」


「マレスティーナですか?」


「だからやめ……」


 そう言いかけたシャルの声に重なるように、玄関の扉が叩かれた。


「しまった……」


 叩かれるノック音はどんどんと大きくなっていき、しまいにはドゴォン、という凄まじい爆音に変わった。


「やあ、シャル。名前を呼んだかい?」


「黙れ地獄耳ババア!」


 掃除をしていなかったシャルの部屋からは埃が舞い散り、その声の主の姿がかき消される。


「ひどいじゃないか、昔はあんなに可愛かったのに」


 舞い散った埃は何かに操られるように取り払われていき、次第にその声の主が姿を現す。


 姿を現したのは、露出度が高い服の上にローブを着て、頭にはでかい帽子を被った魔術師の女性だった。


 ただ、ババア呼ばわりされるにはあまりにも若すぎるように見えた。


 しかし、フォーマは直感でその女性が『普通』じゃないことを悟った。


「おや?そちらの子はどなただい?」


 ちゃんと手入れをしていないであろう黒い長い髪をいじりながら、こちらを見てくるその女性はどうも……とてつもない圧を放っていた。


「誰ですか?」


「名前を聞くんなら、まずは自分が名乗るべきだろう?」


 と笑いかける女性だが、


「先手必勝」


「ちょっ!お前!」


 フォーマのラグを感じさせない完璧な転移はシャルやグルーダには悟れなかったほど素晴らしいものだった。


 そして、開いた『眼』は若干の光を帯びて、光の粒子の動きを全て捉えんと赤い血管が浮き出始める。


 背後に回り込んで背中に重い一撃を入れる……今までこの攻撃を止めたのはたった二人だったが……。


「元気なお嬢さんだな〜」


「な……」


 何をするでもなくただ悠然に構える。超高速の一撃は絶対に避けられないはずなのに。


 ただ、フォーマの眼は真実しか映さない。


 光の粒子が数秒先の未来を教えてくれる。その未来の先にあるいくつもの可能性……それら全てにおいて、


「バリア」


 一ダメージも与えることはできない。


 とてつもなく硬い結界が、フォーマの拳とその女性のローブを隔てている。ヒビが入ることもなく、ただただ何事もなかったかのように悠然としている女性がいるだけだ。


「さっ、お茶でもしようじゃないか。シャルナークはいい茶葉を持ってるんだ」


「……わかりました」



 ♦️



 お茶が入り、どこからともなく白くおしゃれなテーブルと、これまた白い椅子が出現する。


 汚いシャルの部屋には似つかわしくないが、その女性には似合っていた。


「さあ座って」


 言われた通りに椅子に座る。なお、グルーダ用の席は用意されていない模様。


「それで、君はどちら様かな?」


「……フォーマ、通りすがりの聖職者」


「通りすがりのね、はいはい。じゃあ私を探してる『聖職者』の手先じゃないんだ?」


「どういう意味?」


「わからないのなら、そのままでいいよ」


 女性は機嫌良さそうに笑っている。


「あなた、ベアトリスと同じ?」


「ベアトリスって……誰かな?」


 ベアトリスの名前は流石に魔族領までは轟いていないのか……と、自分の主人が知名度に少し残念に思いながらも答える。


「あなたと同じ黒髪の女の子」


「ああ、黒髪は珍しいからね」


「目の色は……」


 ベアトリスは単純に黒……いや、少し茶色も混ざっているのかも知れないが、ほとんど黒だ。


「私の目は『アースアイ』というんだ」


「アースアイ?」


「ま、特別な目のいろをしてるってだけだよ」


 そんな雑談で少し場が馴染んできたのを見計らい、ちょうどいいのでさっき読んでいた本の続きを読もうと取り出した。


「おお?その本を読んでくれてるのかい?」


「ええ、この冒険譚は非常に現実味がない、けどそこが……」


 その時、フォーマは気づいた。「読んでくれている」というセリフの意味を。


「おおっと、自己紹介がまだだったようだ……私の名前はマレスティーナ。人は私のことを『大賢者』と呼ぶ」

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