第272話 婚約者
「いやー、癒されますわ〜」
私は今、幸せの絶頂にいるのかもしれない。目の前には、理事長から許可を得て連れ込んだネコたちがいる。
なんでネコがいるのかと聞かれれば、もちろんそれがクラブ活動の一部だからである!
このクラブは、普段の日常生活、勉強だったり訓練だったり人間関係だったりに疲れた人を癒すクラブ。「勉強しなくちゃ」と使命感に駆られている人も、「今日はクラブが!」と自分に言い訳でき、訓練でもそれは同様。
何が言いたいかといえば、とにかく世界一幸せなのだ!
「もー!猫ばっかり見ないでよ!」
膝に猫を乗せて撫でていると、嫉妬の混じった声が聞こえてくる。
「いいじゃない、いつも撫でてあげてるでしょ?」
「ダメだもん!」
わざわざキツネの姿になってまで私に擦り寄ってくるユーリ。それを苦笑いを浮かべながら見つめる部員たち。
部員は全員女子で、男子はいない。
全く、変なプライドが邪魔しているのだろうなー。羨ましげにこちらを見つめてくる男子たちと廊下を何回もすれ違ったことから明白だ。
私が担当した入学試験が終わり、既に入学式も終わった。ついに一年生たちが入学してきたのである。
一年生の女性陣はこの部活に興味津々で、既に何名かが所属している。ただ、人数が多くなるとぎゅうぎゅう詰めになってしまうし、猫たちも嫌だろうから、日を分けている。
なお、男子は一人もいない模様。レオ君とユーリは顧問なのでノットカウント。
「うーん、どうやればこの素晴らしいクラブを宣伝できるだろうか?」
そんなことを考えながら、猫にブラッシングをしていると、いつの間に開いたのやら……ドアから一匹猫が飛び出していく。
「あ、こら!」
飛び出していった灰色の猫を追いかけようと、私は立ち上がる。
「ユーリ!この子たちを見て……て?」
猫たちの面倒をお願いして、出てしまった猫を連れ戻そうとドアの方を向いた時だった。
「ああ、ここにいたのか」
まだ声変わりが終わっていないような聞き覚えのある声がした。
アレンの声ではない。
だが、その容姿ですぐにわかった。
私の父親に若干似てる。それもそのはず、父と国王陛下は兄弟なのだから……。
「殿下!?」
制服の下には、純白に輝く貴族の正装が垣間見え、その手の中には灰色の猫が抱き抱えられていた。
「久しいな、ベアトリス」
「殿下!」
すごい久しぶりに会った。そう、最後に会ったのは何年も前のことだ。
「殿下、私を探しに出かけたんじゃ?」
「あれは一年前の話だよ?まあ、帝国に追い返されてしまったから、大して捜索もできなかっけどね」
猫を下ろすと、ドアを閉めてくれた。
「会いたかった……」
「ひぇ!?」
と、同時に抱きしめられる。いきなりのことだったので、変な声が出てしまったがそんなのを気にすることなく殿下の力はどんどん強くなっていく。
「どれだけ心配したと思ってるのさ。僕は夜も眠れなかったんだよ?」
綺麗に整った顔が間近に……。
「ほ、本当にお久しぶりです殿下!」
少し泣きそうになるが、流石に泣いたらみっともないので我慢する。
「殿下なんて堅苦しく呼ばなくていいよ。ここでは上下関係なんてないんだから」
「私は先生なんですがね……」
「はは!まあいいじゃないか。ほら、名前を呼んでおくれ」
「ロイド?」
「違う違う、それは称号じゃないか」
ロイドというのは前にも言った通り、騎士の称号。もっと詳しくいえば初代国王ともいうべき人物がロイドという名の騎士だったことから由来している。
「確かにロイドという名は、子供に受け継いでいかないのとね。僕たちの……」
「たち!?」
やばい……なんだか殿下はマセガキに成長してしまったのでは?いや、成人しているのか……。
そんな恥ずかしいセリフをよくもまあ真顔で言えたものである。
「ほら、シュラウル……ラウルって呼んで?」
「ら、ラウル?」
「いい子だね」
そう言って頭を撫でる。いつもなら、私が撫でる側なのに、撫でられるのも存外悪くないと思ってしまう自分がここにいる。
そして、撫でられを満喫していると、
「あのっ!」
「あ、忘れてた」
ユーリが声を上げる。
「僕の前でじゃれ合うのやめて!」
その目には若干の涙が……。流石、魔王様。独占欲がハンパないわ。
「喋る狐……ベアトリス、この子は?」
ユーリに諭されて離れた殿下……ラウルがそう問う。
「えっと、ユーリというのだけど……」
獣人族と言おうか魔族と言おうか一瞬迷っている間に、ユーリが答えた。
「ご主人様のペットだよ!」
「ペット?奴隷なの?」
「違うよ!でもベアトリスはご主人様なんだ!」
説明が意味不明だったが、奴隷ではないということだけは伝わったらしく、私も一安心。
「だから、ご主人様からもっと離れるんだ!」
「ペット……そうかそうか。君も僕の家族というわけだね?」
「へ?」
喋るキツネを持ち上げると抱き締める。「ひゃん!?」という情けない声が聞こえて気がしたが、私の温情で聞かなかったことにしよう。
「かわいいね、女の子かな?」
「は、離せ!」
「元気だねー、やっぱり男の子なのか!」
「離してー!」
どうやら、ユーリ……ラウルのような性格は苦手だったようだ。
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