第271話 旧友(邪仙視点)

 クラウルという名前を覚えているだろうか?


 無論を知る者はこの世には多い。だが、本名を知っている者はかなり少ない。


「ふーむ、まだ来ないのですかねー?」


 大悪魔の少女は少しは頭が切れるようだが、私には及ばない。『邪仙』など呼ばれているが、考える脳を持たずにただ暴れ回っているような愚か者ではないのだ、私は。


「ですが、心配する必要はなさそうですね」


 とある島国、その一つの丘の上。


 そこに、突然ともう一つの影が現れた。その影は、先手必勝と言わんばかりのスピードで『邪仙』の頭を叩き潰す。


「ひどいですねー、いきなり攻撃を仕掛けてくるなんて」


「それはこっちのセリフよ。今は忙しいから面倒なことしないでちょうだい?」


「あなたが取り逃したのが悪いのでしょう?ベアトリス、でしたっけ?」


 潰されたはずの頭から声が聞こえるのはなんとも異様な光景だが、それよりも不自然な現象が目の前で起きる。


 謎の光が『邪仙』の頭を包み込み、そして潰されたはずの頭が再生を始めたのだ。


「気持ちわる」


「そんなこと言わないでくださいよ、これは神から授かった奇跡なのですから」


「信仰心のかけらもないくせに何を言ってんだか」


 八つの奇跡のうちの一つ『超再生』は、即死しない限り破損部分を修復して完全復活できるのだ。


 そして、『邪仙』は生半可な攻撃では即死しない。よって、この時点でほぼ不死身になっている。


「で、私になんのよう?」


「つれないですね、もう少し感動の再会を喜びましょうよ。同じ組織のメンバーなのですし」


「もう違うわ、クラウル」


 宮廷魔術師クラウル。


 だが、それはもちろん偽名。


 黒薔薇の組織の幹部であり、ベアトリスを学院に入れることを強く推薦した人物だ。最も、推薦した理由といえば、狂信嬢にベアトリスを襲わせるためだったわけだが、ベアトリスの今後の影響を及ぼしたとも捉えることができる。


「あなたは何がしたいの?私の邪魔をしようとしても無駄なのはわかっているでしょう?」


『邪仙』は組織の幹部の中でもかなり強い。そんな彼でも、悪魔の少女に勝利することは難しい。


『支配』の権能によって、攻撃無効の結界が貼られて仕舞えばそこまで。だが、悪魔の少女も彼を一撃で殺すことは至難の技である。


 それをわかっているからこそ、せめて目的を聞き出そうとする少女。しかし、その心配には及ばなかった。


「あなたを止めるのはついでに過ぎません」


「へぇ、私がついでの方とはね」


 挑発であることは明白だが、それに乗るほど少女も愚かではない。


「全ては旧友との約束のためですよ」


「初耳だわ」


 仙人としてこの世に生まれたのは彼一人だけじゃない。他にも仙人は数多く存在していた。そのほとんどが戦争によって命を落としているものの、戦闘に特化した仙人はほぼ全てが生き残っていた。


 彼の旧友も生き残ったのだ。


「私は、のでね」


「……友達、とかではなかったのかしら?」


「古き友ですよ?もう過去のことです」


 眼下には、燃え盛る火が地面を照らしている様子が見える。家屋が燃えて、逃げ惑う市民とそれを追いかける兵士。


 その光景に彼はにんまりと笑顔を浮かべる。


「まあいいわ。あなたは私を足止めするつもりがあまりないらしいから、私はベアトリス探しに戻らせてもらうわね」


「ええ、どうぞ勝手に。ああ、そうそう。『灯台下暗し』ですよ」


「は?」


「まあ、足元を見てくださいという意味です」


「わかったわ」


 再び忽然と姿が掻き消えた。もうそこには一つの影しかない。


 いや、違う。影は元から


「出てきたらどうですか?」


 物陰なんてものは一切ない。姿形も見えない。あの悪魔の少女すら気づかない。


 だが、旧友の気配を忘れるほど『邪仙』は馬鹿ではない。


「何しに戻った?」


 低い声。だが、感情を感じさせないその声は若干の若さを含んでいる。


 永遠に歳を取らない仙人らしい声だ。


「殺しに来ました」


「我を殺すか?」


「ええ、それが約束でしたから」


 陽の光が直接当たっているにもかかわらず、その影は黒く染まったまんま。どんな人物かはわからない。


『邪仙』は神から八つの奇跡を授かったが、旧友は逆に八つの呪いを授かったのだ。


 それが顕著に表れているだけのこと。


「あまり、嬉しくはないな」


「私は嬉しいですよ」


 そして、一閃


 風の刃が黒い影に向かって飛んでいく。だが、刃は影を通り過ぎていってしまった。


「貴様に我は殺せない」


「それは昔のことです。今なら問題はない」


「ふん、傲慢なのは相変わらずか」


「あなたこそ、謙虚ですよね」


 眼下に広がる村がちょうど攻め落とされる。東の島国に対して不満のあるものを募った反乱軍が、村の一つを壊滅させたところで、黒き影は槍を取り出した。


 三叉に分かれた槍は、真上と真横に伸びていて、その槍は黒き影の人物にしか扱えない代物だった。


「何をしにいくのですか?」


「愚かな人間を殺しに」


「やれやれ、せっかく私が苦労して集めたのに……もったいないですが、しょうがないですね。あなたに見つかったのが、彼らの運のつきです」


「外道が」


 そう言い残して、影は飛び去った。


 眼下に広がる炎が消え、『邪仙』の視界には真っ二つにされる反乱軍の兵士たちの姿が映るのであった。

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