第219話 連れ去られた公女は何処

「って、連れ去られちゃったけど!?ねえ、どうすんのさ!」


 ユーリは一人叫ぶ。

 状況が理解できていない少年が一名、放心状態が二名……この中ではユーリが今現在一番まともだと言えるだろう。


「ちょっと、放心しないでよ!目を覚ましてよ!」


 思いっきりレオの頬を叩いて、ようやくレオも我に帰る。


「あ、あれ?なにしてたっけ?」


「ちゃんとしてよ!状況わかってんの!?」


「あ、そうだ!ベアトリスは!」


「いないよ……というか、一緒に戦ってたでしょうが……」


 そんなやりとりの間に、ネルネも放心状態から回復して、


「あ、あれ?私はなにを……。お客様!?お客様どこですかー!?」


「だからいないって言ってるでしょ!というか、がっつり見てたよね!?」


「あ、そっか……」


 少年も、なんとなく状況は理解して、ローブを深く被った。

 さっきの戦い?で、宿屋には大きな穴が空いてしまった。


 それによって、太陽の光が差し込んできているのだ。

 今は朝。


 つまりは、そういうこと。

 ただし、ネルネはそんなものもろともせずに通常運転である。


 少年がそれに驚いているのを知ることは三人にはないだろう。


「で!ご主人様連れてかれちゃったんだけど!?」


「連れてかれたって言っても……」


 レオはそこまで焦っていなかった。

 なぜなら、ベアトリスを信じているからである。


 自分よりも強くて知恵が回るのだから、問題ないだろう……少なくとも死ぬことはない、そう確信しているからだ。


(僕よりも強いのに、僕にどうしろっていうんだよ……)


 ユーリとベアトリスはレオよりも強い。

 戦闘面において、レオはさほど役に立たない。


 それを理解しているこそだ。


「って、もっと焦ってよ!大変なんだよ!?僕の攻撃も効かなかったし!」


「効かなかったって言っても、何かカラクリがありそうだけどね」


「ど、どういうこと?」


「だって、初撃は全くのノーダメージだったのに、背後からの一撃はしっかりと効いたんだ。何かトリックがあると思う。それに、ベアトリスだってすぐに気付くだろうし」


 背後からの一撃は防御できないのか?

 それが普通なのだが、あの不気味な女ならそういうことがあっても不思議ではなかった。


「ま、まあカラクリがあるとしても、ご主人様がどこにいるかはわからずじまいなんだけど?」


「それは、手がかりを探すしかないでしょ?」


「手がかりってなにを?」


 この宿屋の惨状はといえば、崩壊寸前で、ぶっちゃけ半壊状態。

 それに、所々に散らばっている紙類などはボロボロに破けてしまっている。


「ここでは手がかりを得ることはできなさそうだね」


「あの!お二人なら、お客様を追跡することはできないんですか?」


 ネルネが唐突に質問する。


「なんか魔法とか使って、バッーって!そうすれば——」


「それができたら苦労しないよぉ〜!僕は自分にかかってる呪いの維持だけで一杯一杯なんだよ……。それにレオは一応?獣人と吸血鬼のハーフらしいけど?それでも、魔法使ったことないし、探知魔法使えるほど魔力ないでしょ」


「うぐ……」


 呪いという初耳情報はネルネの中でなぜかスルーされていた。


「じゃ、じゃあ私が魔法使えたり——」


「使える?」


「……無理です、はい」


「少年は?」


「俺、やったことない、です」


 四人は頭を抱えた。


「だからこそ、手がかりでしょ?」


「さっきも言ってたけど、手がかりってどんな?」


「た、例えば……あの女の人の人物像だったり?いったい誰なのか、どんな目的なのかがわかって、もし彼女が有名人なら尚更、居住区なんて場所もわかるかもしれないでしょ?」


 そこにベアトリスがいるとは限らないのだが、それは誰もツッコまなかった。

 誰も、そのことに気づけないくらい、動揺していたのだ。


「確かにそうかもしれないけどさー、じゃあ、どこに行けばいいの?」


「もちろんそんなの決まってるでしょ。二人が行っていた宿だよ!」


「あの宿ですか!?だったら、私が向かいます!」


 ネルネは立ち上がり、勢いよく言う。


「あ、僕も行くよ!当然、一緒に行く!レオも行くでしょ!」


「あ、ああもちろん……」


 なにもできなくても、なにかしら役に立てるかもしれない。

 そう思ったレオである。


「あ、あの!俺も、行きます……!」


「え?少年もかい?」


「も、もちろんで、す!恩返ししない、とですから!」


 ローブ越しにも、三人に決意固い赤い瞳が見えた。


「危ないよ……と、言いたいところだけど、いい心がけだよ、少年!」


「わっ!?」


 少年を持ち上げて、万歳をするユーリ。

 それを見て、呑気だなと呆れつつ、残り二名は宿に向かう準備をするのだった。

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