第218話 覗き見

「ちょと!離してー!」


「絶対にダメダメ、ダメなの。私のために、私のために話を聞かせるだけでいいの。もし、後ろめたいことがあるなら、遠慮なく殺すけど——」


「わかった!行きます!行かせてください!」


「それでいいわぁ、素敵な判断ね」


 連行されて連れていかれた部屋は、またしても暗い場所だった。

 わりかしまともな部屋ではあるものの、貴族らしいベッドしかそれらしいものはなかった。


「さあこっちにきて」


 嫉妬は目の前のベッドに座り、そしてどこからともなく椅子を取り出した。


「さあそこに座って座って」


「あ、はい」


 質素な椅子に座って、私は姿勢を正された。


「じゃあ、始めよう!素晴らしい時間を!」


「え、えっとなにをするんですか?」


「もちろん、あなたの記憶を辿ってあの方を探すのですよ」


「あの、それだったら特徴とかを教えて欲しいんですけど……」


 どんな人物像なのかわからなければ、探すとか不可能だし……。

 そう思って聞いたわけだが、


「なぜですか?」


 その回答こそ、「なぜですか?」


「なぜ私があなたにそのようなことを教える必要が?もしや、あなたも彼を狙っているのですか?なら蹴落としあいましょう!殺し合い?それとも色仕掛けデェ?」


「いやいやいやいや!そんなつもりないから!特徴を教えてもらったほうが、すぐに見つかると思ったのよ、あなたのためにも……」


「あらあらまあまあ、私のため?なんて優しいのかしら!こんなに優しくしてもらったのは数百年以来よ!」


 この人の数百年間かわいそうすぎる……。


「ああ、あと、あなたが彼の特徴を知る必要はそんなにないわ。なぜなら、私が勝手に覗くだけだもの」


「覗く?どうやって?」


「もちろん、私の権能でよ」


「あの、あなたの権能はどんな力が?」


「私の権能?いいわよ、教えても」


 情報収集は大事、うん。

 ある意味ではこの人ちょろいかも。


「私の権能は『愛』よ!」


「あ、愛?ですか……?」


「そう、愛!私は愛しの彼のためなら、なんだってできるわ!彼のためなら、私に不可能はないの!まあ、逆に言って仕舞えば、それ以外では無意味の権能なんだけれどね」


「そ、それって……その、『愛しの彼』のためなら、他人の記憶を覗けるってこと?」


「彼のためなら、格上の敵を殺すことだって容易いし、他人の記憶を覗くのなんてお茶のこさいさい。精霊だろうと、悪魔だろうと、神だろうと、世界だろうと滅ぼせる自信があるわ!」


 うわぁ……(引

 この人、一番伸びしろありそう……。


 愛しの彼のためなら、無敵ってことでしょ?

 彼のためなら、神様ですら殺せるってこと?


 なにその化け物。

 条件こそついているものの、彼のために行う行為はすべてが可能になるとか……私ですら、記憶を覗いたことはないのに。


「さあ、ほら!私に記憶を見せて頂戴!」


「や、優しくお願いします……」


「ええ、大丈夫よ。優しく、痛くしないわ」


 嫉妬は私に近づき、顔を触った。

 私は目を瞑って身構える。


「優しく、優しく」


 そして、私の髪の毛に触れたかと思うと、


「!」


「大丈夫よー、一本だけだから」


 髪の毛を抜かれた。

 でもまあ、そんなに痛くはないから……うん。


「Spero amantem spoliare et memoriam omnem」


 え?なにそれ呪文?

 怖い怖い怖い。


 なにその言語、私知らないんだけど?

 そうしているうちにも、私の髪の毛が発光し始めた。


 その一本を……え?

 この人、食べたんだけど?


 え、なに気持ち悪いんですけど……。

 だけど、これさえ終われば、解放されるんだ!


 そして、発光し、数分間もの沈黙が生まれる。

 そして嫉妬はゆっくり目を開けた。


「……………どうでした?」


「どうでした、か。うん、あんまり期待通りの結果はなかったかな」


「え?嘘……」


「まあ、あなたは悪くないよ」


 そう言って、ベッドに座り直した。


「あの、いなかったんですか?」


「うん、見つからなかったよ」


「えっと、すみません……でした」


「いや、あなたは悪くないよーうん。それに収穫はあったし」


 収穫とは?

 見つからなかったのに、収穫があったってどういうこと?


 もう一度、私に近づいて匂いを嗅いでくる。

 変な匂いしないかとても心配である。


「やっぱり匂いはする。つまり、確実に記憶の中にいるはずなの。これが指し示すこと、わかる?」


「うぇ、わかんないです……」


「つまり、今は姿を変えているというわけです!」


「どういうわけ!?」


 曰く、そのあの方とやら、姿を変えることができるらしい。

 だから、嫉妬が知る『あの方』が、彼女の記憶上にいる姿である確証はないわけで……。


「それでもいいの!私はどんな姿だって愛しているわ!人ではなくなっていてもいいの!ゴブリンでもスライムでも、その他下等生物だったとしても、私は幸せ!早く探し出したいわ!」


「そ、そうですか……」


 なんだかこの人の愛はかなり歪んでそうだ……。

 一体、聖戦の時になにがあったのか。


 ものすごく気になるが……。


「じゃ、じゃあ、私失礼しますね!それじゃ!」


「ええ!また遊びにきてねー!」


 こうして、私は逃げ出すことができたとさ。

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