第191話 腐敗の地(フォーマ視点)

 視界の中、一部に明かりが灯った。


(ここはどこ?)


 気づけば、真っ暗闇の中で、冷たい地面に座っていた。

 なにがあったか……思い出せたのは、過去の仲間、協力者に襲われたこと。


(ベアトリス、どこに?)


 私を下したベアトリス、無事であるとは思うが、ここにいないのは不思議だ。

 フォーマ……そう呼んでくるベアトリスは一種の仲間、居場所をすぐに確認しないといけない。


 明かりは時期に、私のほうに近づいてくる。


 何かの話し声も聞こえる。

 向かってくる明かりは二つだったようだ。


「何か、音がしたってか?」


「ほんとだって!牢屋の中からガタンって音がしたんだよ!」


 その二人は一方が、老獪な男、もう一方が若い男だった。

 そして私のほうに近づいてくる。


「ここだ!こ、こ……?」


 明かりを私いる……牢屋のなかにあてる。

 目があった瞬間、私は動き出した。


 転移は使いどころを選ばずに使用できるから優秀だ。

 牢屋の中に閉じ込められていたとしても、男の背後に回り込むことができるのだから。


「がっ!?」


 蹴りは若い男の頭に当たり、同時に彼の意識を奪った。

 もう一方の老獪な男は私の行動に驚きつつ、すぐに攻撃を仕掛けてきた。


 その動きを見ただけで確信できる。


(こいつ、できる)


 動きが卓越した……達人のそれだった。

 閉じていた目を開ける。


 その瞬間に彼の動きはスローモーションのように流れ、光の筋だけが、それより早く先行して見えた。


 その光の筋を避けた。

 少し遅れて、老獪な男の攻撃も避けることができた。


 私の反応速度に驚いたのか、またしても目を見開く男。

 すかさず、私は頭に突きを繰り出す。


 目と目の間を狙った一撃は迫るごとに距離感覚が掴みづらい。

 狙うなら、うってつけだ。


 しかし、軽々しく避けられた。


「何者だ!」


「こっちのセリフ、ここはどこ」


 静寂に包まれる空気の中、私たちは静止し、声をだけを交わす。

 見開いた私の目には、彼の動きが手に取るようにわかる。


 次に取る行動全てが数秒先まで見通せた。

 彼の体の動きよりも光のほうが早い。


 揺らぐ光の筋……それを避ければ、簡単に攻撃なんて躱せる。

 いくら相手が達人だろうと、遅れは取らない。


 しかし、私は深傷を負っていた。

 そのせいで、体もなかなかに動かしにくい。


(どうする?逃げたほうが得策?)


 頭の中にそんな思考がよぎる。


「謎の白装束……か」


 老獪な男は

 見た目五十から六十前後。


 髭を生やした男で見た目通り相当な腕前だった。

 ただし、怪我さえ負ってなければ私でも対処はできるはずだ。


 そして、私の冷静な思考はもう一つのことに気づいた。


「時間稼ぎ?」


「……ほう」


 戦闘において、言葉を交わすことなど不必要。

 それは達人なら当たり前にわかること。


 なら、どうして言葉を交わしたのか……。

 応援を呼ぶためだ。


 何者だ!


 そう言った時の声は、かなりデカかった。


「どうされましたか!」


「ご無事ですか!」


 明かりが数個見えて、奥の階段からも人の姿が見えてくる。


「不覚、ここは逃げる」


「逃すか!」


 決断したなら早かった。

 目の前の男がどれだけ身体能力が高かろうと、一瞬で私は階段まで転移する事が可能なのだから、捕まるわけがない。


 爪を立てて、首元に手刀を叩き込む。

 首のうなじあたりを削れば、少なからず、神経は切断できる。


 階段にいた若い男たちを倒したのに、私はフードをかぶってその場から逃げ出した。


 転移を駆使して、その中を駆けていく。

 光の残像のように素早い動きに、老獪な男もついてこれるわけもなく、いつしか足音は遠くなる。


 転移しまくっていた間に見えた風景は私の馴染みないものばかりだ。

 いくつも並べられている牢屋があり、それはここが牢獄であることを示している。


 そして、牢屋にいつの間にかいた私は、ここにつかまっていたのか……それとも、転移でいきなり現れてしまったのか、見当がつかない。


 だが、ここから逃げ出した以上、私は『脱獄犯』ということだろう。

 追いかける人数は増え、それら全てを払い除ける。


 時に気絶させ、時に隠れ、時に撒いた。


 暗めな印象がある、二階建ての牢屋。

 広いスペースで、二階と一階を見渡せるその牢屋は、かなりの人数が収容されているようで、たくさんの人がいた。


 私の姿を見て、驚いている者もいれば、興味なさげにしている人もいた。

 私はそれらを一瞥して出口を探した。


 結論から言えば、それはすぐに見つかった。

 だが、厳重に警備されていた。


 しかし、所詮はただの扉に過ぎない。


 警備がいようと私には関係なかった。


「警備兵もろとも……消し飛べ」


 光魔法を得意とする私は、天に愛されていた。

 かなり高水準で魔法を扱え、その中でも光魔法は別格なのだ。


 それはまさしく大災害レベルで。


 突如として現れたその大きな光の球。

 警備兵たちは目を覆い、逃げることさえ忘れているようだった。


 その球を私が指で弾くと、凄まじい速度で前方に進んでいく。

 ぶつかった柱や、人、扉もろとも消し飛ばし、それは空中に霧散して消えた。


 私はそっから、外へと出た。


「なに、ここ……」


 目の前に広がっていたのは私の予想の遥か上を行く場所だった。

 大地は薄い紫色をしていて、空は灰色、地平線までその風景が続いていた。


 荒れ果てた大地に、涼しいカラカラな風が吹く。

 そこはまるで、地獄のようだった。


 一瞬、私は死んでしまったのではないかとも思ったが、身体中に響く鈍痛がそれらを否定した。


「あっちだ!いたぞ!」


「!」


 そんな声が聞こえ、私はすぐさま逃げ出した。


(結局ここはどこなの?)


 私の記憶にはこんな場所なかった。

 ほぼ全ての国に訪れたことがあり、諜報部として、何度も世界は渡り歩いた私が見たことない景色。


 人間領、亜人領、吸血鬼一族の住う地。

 そのどれとも合致しない。


 未開拓地という線も捨て切れないが、ここまで荒れ果ててる説明ができない。

 その時点で、私の頭では答えが出ていた。


 認めたくはなかったが認めざるをえないだろう。


(暗黒の大地……腐敗と死が漂う最後の大地)


 魔族領だ——。

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