第190話 追う心

「くそ……」


 悪魔をけしかけて、尊厳を守ろうとした結果、大失態だった。

 あの偉そうな悪魔。


 実力は確かだったはずだ。

 なのに、あの女の人間には及ばなかったというのか?


 人間というのはそこまでに強力だったのか?


「認識不足だ……」


 だが、今回を経て、ある結論に思い至った。


「僕は……こんなところで腐っていい人材じゃない!」


 世界は広かった。

 エルフなんてちっぽけな存在。


 この世界の本当の強者からすれば、ゴミと一緒だ。

 そのゴミと生活を共にする必要があるのか?


 ない。


 俺は比較的にまともなゴミだ。

 磨けば光るゴミ……。


 今は汚れているが、才能はあると思う。

 事実、悪魔と人間の戦闘を見ていて、わかった。


 目で追える。

 動体視力は彼らと変わらず、引け劣らなかった。


「肉体能力は申し分ない。あとは技術だ」


 その時には、もうエルフの仲間、ハイエルフの家族のことなんてどうでも良くなっていた。


 すでに、街を出る決意をした。


 こんな小さい世界。

 自分にとっては全てが叶う箱庭。


 だが、それ以上を知ったら、それに手を伸ばしたくなる……そうだろう?

 次なる高みを目指したい。


「人間の女……それも子供があの実力だ」


 あいつは普通じゃない。

 それと同時に、ただの子供だ。


 必ず、それだけの研鑽を積んだに違いない。

 つまり、


「あの人間を基準に考えればいいんだ」


 あの人間を超えるために、認識を変えろ。


 エルフの中では最強?


 違う。


 世界から見て雑魚。


 弱肉強食の世で、強者の部類?


 否。


 弱者だ。


「あの人間を殺せるぐらいに強くなる……絶対に」


 そのために街を出た。

 未だに、人間と悪魔の交戦が続いていた。


 街は燃え、魔物たちが蹂躙……いや、よく見たら押されてるな。

 そんな混乱の中だった。


 おそらく、あのまま行けば人間が勝つだろう。

 あの戦いを見れば、恐怖すると同時に、怒りが増してくる。


「待ってろ、人間。僕は……どんなことに手を染めようとも、お前を殺してやる」


 尊厳が傷つけられた。

 それだけで、僕のプライドは許さない。


 初めて受けた屈辱……何十年も生きてきて初めてうまく行かなかった。

 そんな屈辱を全て……いつの日かぶつけてやる。


 僕は森を後にした。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎↓トレイル視点↓



 走って走って走って。

 ベアトリスの元から逃げ出した。


 短い間だった。

 時間にしたら、何十時間。


 日にちにしたら、一ヶ月もない。


 そんな短い期間だった。

 私はお父様のもとまで走った。


 自分の部屋だとしんみりしてしまうと思って……。


 扉を開ければ、笑顔の父がいた。

 だけど、私にはわかった。


 目が赤く腫れている。


「一緒にいかなかったのか?」


「はい、私にはそう決断することができませんでした」


 あの三人はいいチームだ。

 ベアトリスといい、ユーリといい、レオといい……。


 個性的だが、それぞれが能力に秀でていた。

 ベアトリスは集団戦に向いていそうだった。


 口を開いて、魔力を紡げば語られる命令。

 それを聞いた弱者は抵抗することさえ許されない。


 身体能力、魔法の応用力ともに優れていて、万能……優秀……完璧だった。


 ユーリは諸刃の剣だ。

 彼は手加減ということができないらしい。


 やるときはいつも全力、ある意味正しい行為ではあるが……戦闘においては、オーバーパワーだ。


 逆を言えば、三人の中で誰よりも強い。


 レオは、三人の中でも一番弱い。

 だけど、ポテンシャルはあった。


 あまりある動体視力は二人と比べても劣らず、逆に上回ってるかも?

 気遣いもできるし、私のお酒にも付き合ってくれた。


 戦闘の応用力というのか、獣人特有の戦闘の勘が二人よりも冴えている。

 素人目でもわかった。


 そんな三人だが、そもそもの次元が違うと思い知らされた。


 素手でドラゴンを止めたり、魔物の集団に突っ込んで返り討ちにしたり……。

 悪魔を倒したり、もうなんでもありだよ。


 平均的能力値が私を大きく上回る三人に対して、私はどうだ?


 エルフの特徴である魔法が使えない。

 魔力は多く膨大だが、それを魔法として行使できない私は無能に近い。


 身体能力が高いわけでもなく、逆に貧弱だ。

 勉強はできるけど、戦闘にはほとんど役立たない。


 雑魚、弱者、いらない子。

 私はあの三人の隣で歩ける気がしなかった。


 だから自分からそのステージを降りたのだ。


「それでいいの」


「そうか」


 お父様は少し嬉しそうだった。

 私も行ってしまうとでも、思っていたのだろう。


 そんなわけない。

 あの三人の人生は面白くなることだろう。


 私はゆっくりでいい。

 無駄に長い人生を使ってゆっくりと三人に向かえばいい。


 いつかは私も、この森を出たい。

 魔法を使えない私は、体を鍛えるしかないだろう。


 ドラゴンで苦戦するようでは、三人にはついていけない。


 もっと力が欲しい……!

 そう真摯に願った。


「お望みとあらば必要ですか?」


「え!?」


 どっかで聞いたことがある声が聞こえた。

 それはお父様にも聞こえていたようだが、お父様は笑ったままなにも答えない。


 周囲が発光して輝きだす。

 それは人の形に収束し、


「精霊様!」


 が、現れた。


「なんで、こんなところに!?」


 確か、自分の意思で出ることはできないとかなんとか。


「不思議に思っているのですね?私が出られなかったのは悪魔のせいであって、その原因が封印された今となっては、外出するのは自由なのですよ」


 外出したがる精霊は少ないですけど、と付け足して、精霊は笑った。


「それで、力が欲しいのですか?」


「あ!え?いや、別に……」


「そう願っていたでしょう?ねえ、ゴーノアさん」


「儂には、人の心の声なんて聞こえんがね」


「ええ!?知り合いなんですか、お父様!」


 色々と情報量が多すぎる……。


「私とゴーノアさんは古くからの知り合いなんです。何度か言葉を交わしただけですが、数百年はこの森を見守ってきた知り合いなんです」


 長生きでしょう?

 と言って、微笑んでくる精霊。


 さっきの力が欲しいと願ったからここまできたのだろうか?

 だとしたら、


「いらないです」


「それは何故ですか?」


「私は自分の手で手に入れたいので」


 キッパリとそう言う。

 ベアトリスは加護をもらったようだが、それはノーカウントだ。


 その前から圧倒的な強者だったし。


「人間……ベアトリスは強い。私もそれに『努力』で追いつきたいの」


「そう言う考えもできるのですね。やはり面白いです」


 納得したかと言うように、掌をポンと叩いた精霊。

 久しぶりの外出でテンションが上がっているのだろうか?


 心なしか、行動がかわいく幼く見えた。


 かわいく……。


「だとしたら、恋愛してる暇もなさそうですね」


「あら?それはなんでです?」


「だって、そんなことしてたら、あの三人には追いつけないもの」


 不思議そうに見つめる精霊、苦笑いするお父様。

 すると精霊が、


「そんなこと心配する必要はありませんよ。あそこの三人だって、恋愛しまくりですもの!」


「へ?」


「あ、つい口が……今のはなんでもないですよ?」


 わざとらしくそんなことを言う精霊。


「まあ、なんにせよ……私は精霊様の力を借りずに、あの三人に追いついて見せますわ」


 努力は裏切らない。


 私は、三人を目指す。


(いつか、またどこかで会おう。ベアトリス)



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「ん?」


 今何か声が聞こえた気が……。

 耳の中で、誰か……知っている人の声がした。


 名前を呼ばれた気がしたが。


「まあいっか!」


 私の旅はまた始まりを迎えるのだった。

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