第192話 子供の役目、大人の役目

 燃える街並み、それを眺めると心が痛くなった。


 家族が見当たらない。

 いつもは家にいるはずの家族がいない。


 俺は探した。

 どこかにきっといるはず、もしかしてもう逃げたり?


 あり得ない、まだこんなに多くの人が逃げ惑っているというのに、家族が簡単にこの街から逃げ出せるわけがない。


 この人並みの中にきっといるのだろう。

 だけど、どうやって見つけるんだ?


 無理だ、絶対に見つからない。


 子供のこの体では、何もできないと悟った。

 燃え盛る街は、いつしか黒い影まで現れるようになった。


 それらは人々に近づくと、


「きゃああああ!」


「離してくれえええええ!」


 かぎ爪で、人々を掴み、空へと飛び立った。

 怖かった。


 逃げたい。


 発狂する人々の声が耳鳴りとなり、頭が痛くなる。


 やだやだやだやだ!


 捕まりたくない。

 俺は逃げ出した。


 走って、出口へと向かう民衆をかき分け、反対方向の一番大きな屋敷まで向かった。


 あそこなら、隠れる場所だってきっとある。

 自分の足じゃ逃げられない、だったら隠れたほうがいい。


 そう思った。

 家族もきっと無事……そう信じることしかできなかった。


「母さん……」


 俺に父親はいなかった。

 母さん一人の手で育ててくれた。


 母さんは優しい茶色髪の女性だった。

 なのに、俺の髪の色は茶色ではなく、赤色に近かった。


 なんでだろうと思い、聞いたこともあった。


『それはね、お父さんの髪色なのよ』


 母さんはそう言っていた。

 俺が生まれてから、どこかへといなくなってしまった父さん。


 正直、母さんを捨てた父さんは許せない。

 それと同時に、一度は母さんを愛していたのだろうから、複雑だ。


「なんでこんなこと思い出したんだろう……」


 きっと、俺は……心のどこかで助けを願っていたのかもしれない。

 まだ見ぬ父さんに。


 だが、現実は残酷でそんなにうまくいくわけがない。

 走っているうちに屋敷の方が見えた。


 金切り声もだんだんと鎮まっていく……いや、聞こえづらくなっているだけか。


 屋敷は依然と神々しさを放っているが、炎によって崩壊が始まっていた。


(あそこに隠れるのは無理そうか……)


 そう思った時だった。

 頭上を何かが掠めた。


「!」


 本で読んだことがあった。

 黒紫、暗黒色の巨大な、空を飛ぶ生き物。


 鋭い鉤爪はさっき見たやつと同じで、近くで見たから気づいた。

 御伽噺によく出る、


「悪魔……!」


 それは屋敷の方へと近づくと、中に入っていく。

 そして、とある人を連れ出した。


 高そうな服を見に纏っている金髪のおじさんだ。

 抵抗する様子をあまり見せず、状況分析を徹底し、あたりをキョロキョロとしていた。


 半狂乱していた民衆とは大違い……あれが公爵様か。

 俺は見ないフリをしようとした時、


「あ……」


 その人物と目があった。

 そのおじさんは俺から視線を離さない。


 こっちを見ないでくれ!

 俺にはどうせ、何もできないんだ!


 所詮は子供。

 いくら体を鍛えてもベアトリスには追いつけないし、何をやってもダメなんだ!


 年上のはずなのに、ベアトリスはなんでもできた。

 それに比べて俺は何もできない。


 俺はそのおじさんから視線を逸らそうとした。

 その瞬間、


「……俺なら、助けられる……?」


 なぜか口からそんな言葉が出た。

 だが、その言葉が耳に入り、意味を認識すると、途端に力が湧いた気がした。


 俺があの人を助けないでどうする?と……。

 童していきなり勇気が湧いたのか、俺にはわからなかった。


 ——アナトレス家当主、アグナム・フォン・アナトレスの魔力の性質の力であると、アレンが気付く術はなかった。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 森を走った。

 悪魔は早く、飛行速度もなかなかだった。


 だけど、俺もかなり鍛えたし、なぜか力が湧いてきた。

 そのおかげもあって、なんとかギリギリ追いつける速度で走れた。


 そして、時期にその悪魔は何処かへと降りていこうとしていた。

 その隙を見逃すはずもなく、俺は何か策を考える。


 馬鹿な頭で考え出したのは、単純だった。


「殴り飛ばす!」


 下降してきていた悪魔の顔面を横から殴りつけた。

 それは思った以上に効いたらしく、おじさんを落として吹っ飛んでいった。


 だが、御伽噺も真実である。

 すぐに立ち上がり、俺の方に悪魔が視線を向け、その存在に気づく。


 だが、不思議で恐怖心は湧かなかった。

 全力で、この悪魔を倒そうという気合いだけが、俺の中にあった。


 使えるものはなんでも使う。

 俺だって、なかなかにレアな力を持っているのだ。


 魔力という、特殊な力が視えるのだ。

 どうやらそれは、特別なことらしく、生まれた時からこの力を持っていた。


 空中に流れるそれは手で握ったりして遊んでいた。

 だから自然と、使い方がわかってきた。


 ベアトリスが俺の前で使った氷の魔法があった。

 それは、一瞬で噴水を凍結させた。


 あんなような使い方があるのか、その時は気づかなかったが、時期に意味を理解した。


 理解した後は早かった。

 体の中にある微弱な魔力と、空気中の魔力を合わせて、魔法を放つ。


 過去に見たベアトリス……目指すべき人の魔法だ。


「……!」


 声を出してる余裕なんて俺にはなかった。

 なぜなら、そうしているうちに悪魔が近づいてきていて、俺の目の前数センチまできていたからだ。


 鉤爪が俺に触れようとする瞬間、魔法が発動した。


 すべてを凍結させる魔法。

 悪魔がそれの直撃をもろにくらった。


 手の先から体前面部分全てが凍結した。

 体の比重がズレたことで、その悪魔は前に倒れそうになっていた。


 俺はコアらしき場所……人間でいう心臓部分を狙った。

 赤く光その玉を殴って破壊した。


 粉々になった赤い玉は、一気にその中に溜め込んでいた魔力を周囲に撒き散らして、同時に悪魔も灰となって消えた。


 緊張が一気にとけ、体から力が抜けた。


 そして、


「アレンくんだね?」


「え?」


 後ろからそんな声が聞こえた。

 自分は名前を名乗っていないはずなのに、なんで知っているのだろう?


「君のことは娘から聞いていてね」


「娘?」


「今はそんなことどうでもいいんだ。君は早く逃げなさい」


「え?でも!……でも……!」


 何も言えなかった。

 戻ったところで何になる?


 邪魔になるだけじゃないのか?


 急にさっきまであった自信がなくなった。

 さっきまでがおかしかっただけ。


 これが普通なんだ。


「子供は役に立つことなど、気にしなくていい。命が最優先だ、早く逃げなさい。後は大人に任せてね」


「だけど、その……娘さん?はどうするんですか!おじさんには悪いけど、戻っても助けられないかも……」


「大丈夫、うちの娘は別格でね。必ず生きている……そう、必ずだ」


 そう念を押す。


「それに、お迎えが来たようだよ」


「え?」


 そう言った瞬間、空中に何かが出現した。


「アレン!大丈夫!?」


 現れたのはレイだった。

 レイは転移魔法が使えるため、どこへでもポンポンと移動ができるのだ。


「早く逃げるよ!私の住む領地は安全だから!」


「でも、ベアトリスもレオも……」


「あの二人なら大丈夫だと思う!」


「な、なんでそう思うんだよ!」


 友達を大切に思うからこそ、語気を強めてしまった。

 だが、それに怯まないレイ。


「ベアトリスもレオも!強いっていうのは知っているでしょ!友達のこと考える前に、自分のこと考えてよ!」


 そう言って、頬を叩かれた。

 何が起きたのか、わからなかった。


 怒られた?


 そう思った途端に、血の気が引いた。

 確かに、あの二人は強い。


 十分知っている。

 だったら、俺は自分の命を考えた方がいいのではないか?


「確かにそうだ……ごめん」


「わかればいいのよ!」


 ふふん!と、ドヤ顔をして、ようやく隣にいるおじさんに気づいた。


「あ!アグナム様!これ、いったい何が起こってるんですか?」


 アグナムというのか。

 今度からはそう呼ぼう。


 会えるかはわからないけど。


「私もわからない。だが、一つわかるのは民が危険だということだ」


「申し訳ないですけど、私とアレンは逃げさせてもらいます」


「!?」


 俺は驚いた。

 だが、アグナムは全く動揺しなかった。


「もちろん構わないとも。ここからは大人の仕事、領主の仕事だ。私は民を守る責務がある。一人でも多く人命を救い、皆に貢献するのだ」


 そう言ったアリオラルの目に光が宿った。

 それは文字通りの意味で、急にアグナムの目が発光したのだ。


 夜の暗い森に光る炎と、アグナムの目。


「アレン、飛ぶよ?」


 転移魔法の準備ができたようだ。

 一瞬、アグナムの方を見たが、決意は固そうだった。


 そんな様子の俺を見て、アグナムは言った。


「領民の幸せがあらんことを」


 その言葉を聞いたときには、視界が暗転して、別の映像が目に映し出されていた。

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