第159話 前世

 前世の私は今より最低な人間だった。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 私はそこに参列する。

 列は、意外に長く、教会の外側にまで続いていた。


 私は、十歳になったことで職業をもらいにきたのだ。

 どんな職業なのか楽しみという思いよりも、こんなめんどくさい行事、さっさと終わってしまえという感情の方が強い。


 どんな職業であろうと、関係ない。

 自分は、公爵家の令嬢なのだ。


 何が来ようと、私の地位も揺らぐことはないのだ。


 次期女王


 この国のトップに立って、横で殿下を見守っていられさえすればそれでよかった。


 やがて、列は少しずつ動き、私も教会の内部に入ることができた。

 汚れ一つついていない真っ白な壁。


 壁画も何もないため、とてもシンプルかつ質素だ。

 中に入ってきた私を見て、神官たちの一部が怯えるのが見えた。


(チッ、こっち見ないでちょうだい)


 そう思い、睨み返したら、神官たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 その様子を見ていた、後ろに並んでいるものたちは、その意味が理解できずにいるようだ。


 神官の様子など気にせずに私は前を見据える。

 視界に見えるのは長蛇の列と、奥にいる大神官。


 その手元には青色に光るオーブがあった。

 あれで、自分の適正職業を見られるのだ。


(ふん、どこにきても反応は皆同じなのね)


 私に睨まれた神官が、そのことを大神官に報告する。

 ひそひそ声は聞こえなかったが、二人がこちらを見て、厳しい表情をしているのはわかった。


 その表情を向けられることには慣れている。

 メイドたちも私には塩対応なのだ。


 なぜ、そうなったかはわからない。

 ただ、メイドたちは私のお父様を恐れているのはわかった。


 私が我儘を言って、メイドたちに拒まれると、お父様が出てきて、メイドたちを叱ってくれる。


 すると、掌返しのように媚び始めるのだ。

 それが何回も続けば、次第にメイドたちに感情らしいものはなくなる。


 なんらかの装置のように、淡々と全てをこなしていく。

 ただ一人を除いて……。


 いつも私に向かって挨拶をするメイドだ。

 朝はうるさいし、夜は鬱陶しい。


 そのメイドの名前は……なんだったかな。

 忘れてしまった。


 そいつだけだ。

 私を主人と見ているのは。


 私は、我儘でありながら、忠実だ。

 したいことや、見たいものがあれば、行動に移す。


 だが、それはお父様の迷惑にならない範囲の話だ。

 お父様に迷惑にならないよう、常に完璧で理想の家族でなくてはならない。


 その結果、私が思いついたのが、


(常に無表情、反して、我儘をちゃんとする)


 それこそ、私が思いついた理想だ。

 社交界に出て、表情を悟られないように常に無表情でいるべし……そして、理想の家族を演出するために、我儘を言う。


 実際、それはうまくいき、お父様は私のことだけを甘やかしてくれる。

 そんなお父様のことも私は好きだった。


 その代償として、私は周囲から『不気味な子』という扱いを受けることになった。


 不本意ながらも、これはしょうがないことだ。

 私は女王になるの。


 とても優しい殿下の隣で家庭を守る必要があるの。

 だから、『氷の女王』として、冷徹でいる必要がある。


 それの予行練習だと思えば、何も怖くない。

 今回の職業鑑定は一種の餞別なのだろうを考えている。


 こうして、私は一歩前進するのだ。


(ただ、家に来てくれたらもっと楽だったのに)


 庶民の格好をし、さらには、長蛇の列に並ばされている。

 貴族として、初めての経験だった。


 そして、列も前に進んでいき、気づけば私の番が近かった。

 私の一個前にいる茶髪……金髪か?


 その中間のような色合いの髪を持つ少女が、前に出る。


「名前は……オリビア様ですね」


「はい、よろしくお願いします」


 ご丁寧なことに、お辞儀をしている。


(所作もまあまあね。貴族の娘かしら?)


 そんなことを考えているうちに、目の前の少女は、段差を上って青白く光るオーブに手をかざす。


 そして、大神官が、呪文を唱える。

 そして……。


「これは!?」


「どうしたのですか?」


 大神官は驚いたように、それを凝視する。

 オーブの中に一体何が浮き出ていたのか。


 それはすぐにわかった。


「聖女!……聖女様だ!」


「おお!」


「素晴らしい!」


 神官たちはとても喜んでいる様子だった。

 後ろに並ぶ子供たちからもざわめきが聞こえてくる。


「これは、すぐに本部に報告しなくては!」


「聖女候補のオリビア……いえ!聖女、オリビア様!どうぞこちらに!」


「え?ちょ!なんですか?」


 少女、オリビアは困惑気味にも、神官に連れられ別の部屋に移されていった。


「で、次は……」


「ベアトリス」


「は、はい!ベアトリス様……」


「早くしてちょうだい」


「失礼しました、お手をここに……」


 オーブに手をかざす。

 大神官はもちろん私のことを知っているので、若干おずおずとした態度ではあるが、他のことなんら変わらない手つきで、私の職業も鑑定する。


 そこまではよかったのに


「これは……」


 大神官の表情に陰りが見えた。


「また、すごいのが出たんですか?」


「あ、いや」


 大神官は、部下たちの問いに対して、どう答えていいのかわからないという顔をしている。


 そして、その重たい口を開いた……。


「職業・『話術師』です」


「は?」


 それを聞いた途端、周囲は静まり返った。

 聖女が見つかった時とはまた違った雰囲気が中に残る。


 その『話術師』の意味を私は知っている。


 不遇職、ごみだ。


 そして、暗い沈黙の中で、


「ふふ……」


「話術師って……」


「かわいそうに」


 そんな声が聞こえてきた。

 後ろの子供も、話術師の意味は理解しているようで、私のことを嘲笑しているのが聞こえる。


 それに釣られて、神官たちも笑い出した。


 大神官だけは慌てた様子でいる。


(私を……この私を馬鹿にしている?)


 信じられなかった。

 いつでも、みんなに恐れられてきた私が、嘲笑されている?


 馬鹿げた話だ。

 それでいて、


(ムカつく)


 手に入れた職業。

 不遇だろうと関係ない。


『黙りなさい!』


「「「!」」」


 私の声が、教会内に轟く。

 と、同時に笑う声が一斉に止み、誰も口を開かなくなった。


 声を出せないとでもいうように、口をモゴモゴさせている。


(この力……)


 私は今何をした?


 魔法もままならない私が、魔法を使った?


 いや、違う。


 こんな魔法を存在しない。

 ってことは、これが『話術師』の力なのか?


(案外話術師も不遇職じゃないのかもね)


 無表情を貫き、一瞬怒りの表情を見せた私の顔は、すぐに嘲笑う表情に変貌する。


『跪け!』


 そう命じるだけで、子供も大人たちも一斉に頭を垂れる。

 全員が片膝をついて、わなわな震えている。


(そうか……話術師は『言葉を操る』ことができるんだ!)


 理解したからには簡単だ。

 私が一番欲していたものが手に入った。


 それは、完璧な統制力。


 お父様のような、完璧な力。


「わたくしを馬鹿にしたとは、いい度胸ね」


 澄み渡る声。

 気づけば、鐘の音も止んでしまっているようだ。


 そして、私は教会の出口に向かう。


『許す』


 その一言で、全員の体から力が抜け、その場に倒れる。

 体が動くようになった一部の者は立ち上がり、私の方を見ている。


「私は、ベアトリス・フォン・アナトレス……公爵家が長女にして、未来の女王」


 それを知った子供たちの一部、それなりに知恵を持っている子供は、その意味が理解できたらしく、一気に震えだした。


 それは、本能的なものなのか、それとも怒りによる震えなのかはわからない。

 だが、そんなことは関係なかった。


「王族の一人として、宣言する。私に逆らったら……『覚悟しなさい』?」


 そう言って、悠然と教会の外に出ていく。


 ——その日から、私は『不気味な子』ではなく、『悪役令嬢』と呼ばれ始めた。

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