第160話 奮戦の末

 そこからは私の反撃が始まった。


 強大な魔法を使うわけでもなく、誰にも見えないほどの高速で動くわけでもない。


 ただただ、言葉を放つのみ。


 止まれや、消えろなど……。

 どうやら、「消えろ」とか言う、物騒な言葉は、それに類似した現象が起きるだけにすぎないっぽい。


 消えろといえば、ランダムな場所に転移させられる。

 強制転移……しかし、相手が転移魔法を使える場合は時間稼ぎにしかならない。


 死ねも同様だ。

 強烈な言葉になればなるほど、意に反した現象しか起きなかった。


 それはそうだ。

 流石に私が、言葉一つで相手の命を奪えたら、正真正銘の化け物だろう。


 むしろ、神だよ。

 そんなことがあるわけもなく、フォーマも戦いに参加して、私たちは善戦し始めた。


「鬱陶しいわね……これじゃつまらないわ!」


「私たち三人を相手しても、まだ喋る余裕があるのね……」


 私の話術師としての力よりも異常なのは、目の前の少女だ。

 強制転移させても、瞬間的に後ろに回られるだけだ。


 吹き飛ばせても、いつの間にか目の前に現れる。

 フォーマの『未来予知』の力を持ってしても攻撃が当たることはない。


 フォーマ曰く、単純な能力値の差のようだ。

 いくら先読みができると言っても、相手がそれを超えて動いてくるため、当たらない。


 この屋敷を含む空間を『支配』しているというのは、時間も合わせてという意味なのだろう。


(空間把握に未来も把握できるってこと?いくら三人だからって、厳しいわね)


 こちらは手数で勝っている。

 彼女が防げない同時の攻撃を浴びせるしかない。


 どうにか隙を生み出し、三人で不可避の攻撃をする。

 そうすればこいつを倒せるだろう。


 こいつを倒して、早く捜索しなくてはならない。

 アレンや、父様……ミサリーもだ、今はどこにいるのだろうか……。


 もし、みんな私が母親……ヘレナを殺したと知ったら、なんというのだろうか?


「そんな奴だとは思わなかった」「悪魔め」「幻滅しました」

 そんな言葉が頭の中をよぎる。


 頭をわしゃわしゃをかきむしり、目の前の少女に集中する。


『滑ろ』


 いろんな言葉を試しながら、フォーマがそれに合わせて、レオ君が後ろに回り込む。


 そして、『滑ろ』という言葉はどうやら正解だったらしい。


 地面になんの前触れもなく、氷が生まれた。

 この燃え盛る炎の中、氷は溶けることなく、少女が立つ地面の上に現れる。


「な!?」


 戦闘中、いきなり地面が滑ったら……それは大きな隙となる。

 それは少女も例外ではない。


「今!」


「了解」


 フォーマはすぐに動き出す。

 前側にバランスを崩した少女の首元を狙って光魔法。


 しかし背後から現れる闇の魔法にブロックされる。

 すかさず動き出すレオ君。


 闇魔法が切れた瞬間に懐に飛び込む。

 だが、


「調子に乗るな!」


 少女が足場から浮遊し、レオ君の攻撃を避ける。

 しかし、それは私の狙い通りでもあった。


『張り付け』


「!?」


 飛び上がった少女の背後から木の枝のようなものが生えてきた。

 それも崩れかけの屋根から……。


 こちらも氷と同様に、燃えることはなく、少女の手足を縛っていく。

 フォーマと戦った時も、この戦法はうまくいった。


 隙を作って、そこを突き、回避した先に罠を設置する。

 罠と呼んでいいのかはわからないが、


「クソガァ!」


 咆哮のような耳をつんざくような声が少女から発せられる。

 この少女は本当に人間なのだろうか?


 私と同じくらいの年齢なのに、三人で戦っても攻めきれない。

 だが、


「これで終わりよ!」


 フォーマと目配せする。

 それを見た、レオ君は自分が何もできないことを察してか、ユーリのそばまで行く。


 意外にも、ユーリはレオ君に懐いていた。


「フォーマ!なんか一番強い魔法を!」


「適当……了解」


 フォーマがいつもよりも大きく目の見開き、その目がどんどん充血していく。

 彼女が何をしているのかはわからないが、手に集まっていく、極大の魔力弾を放とうとしていることだけはわかった。


「協力者、それなりに楽しかった」


「!」


「地獄で、会おう」


 そう言って、その魔力の魂が拘束された少女に向かって放たれる。


(勝った——!)


 そう思った瞬間だった。


「舐めるなあああああぁぁぁぁ!」


「な——!」


 驚きを口にしようとした私の声は、途中で遮られる。

 いや、


(声が、出せない!?)


 枝から伸びて、少女を拘束していたツタが破れ、少女が素手でフォーマの放った魔法をはじき返す。


「!」


 それを予想していなかったフォーマはそれをもろにくらってしまった。

 凄まじい轟音が響く。


「——!」


 フォーマの名前を叫ぼうとした私の声は、耳に届くことはなく、その代わりに、


「馬鹿にしやがってええええぇぇぇ!」


 怒りに震えている少女が頭を抱えていた。

 それは、か弱い少女の姿ではなく、肌が変色しつつあった。


「メアリも……お前も!卑怯なんだよお!」


「!」


「私が、本気を出せないからって、卑怯な手を使いやがってええ!」


 そう叫ぶ少女は頭からツノが生えかかったり、肌が変色したり、服が変形したり、少しずつ変化するが、最後には元の『人間』の姿に戻った。


「はあ、はあ……だめ。使ったらお姉さまに怒られるわ……」


「——!」


「よくもやってくれたわね!ベアトリス、あなたは最後に殺す!」


 その目は、怒りに血走っていた。

 そして、さっきと同じように姿が消える。


「まずはあなたたちから」


 後ろから声が聞こえた。


 すぐさま振り向いたその先にいたのは、ユーリを抱き抱えてうずくまっているレオ君と、それに向かって魔法を放とうとしている少女の姿だった。


(やめて!)


 その声も虚しく、無残にも至近距離でその魔法は放たれた。

 フォーマの魔法と同等だと思われた、その魔法はユーリとレオ君に直接当たり、煙で姿が見えなくなった。


 やがて、煙が晴れた時には、二人とも遠くに吹き飛ばされていた。


「殺す、殺してやるわ、ベアトリス!」


 そんな少女の叫びは、私の耳に届くことはなかった。

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