第151話 本当は
——その日、私は十歳になった。
♦︎♢♦︎♢♦︎
公爵家の長男を味方につけ、騎士団の協力も仰ぎ、私の持てるすべての力を尽くした。
その結果判明したのは、伯爵の娘はやはり、侯爵の家にいるということだった。
たった数ヶ月、されど数ヶ月。
それでわかったのはたったそれだけだった。
でも、それだけわかれば十分だった。
(派閥争いは止められそうにないけどね)
私の得た情報は派閥の争いを止めるに足るものはなかった。
ルイスから聞いた情報……というか、見解は「ほぼ不可能」だった。
ルイスから情報をもらったのは一ヶ月以上前。
宮殿に行った時に教えてもらった。
謁見に出向いて以来、彼とは会っていない。
教えてもらった情報、それは、現在の貴族と王族の立場の情報だったのだ。
曰く、国王はなにやら弱みを握られたそうな。
それが、公爵家当主様から伝わり、私の耳まで入った。
と言っても、これは極秘情報らしい。
一部の信用に足ると国王が判断した人にしか教えられていない。
流石に、その弱みが何かまでは知らされていないようだが。
そのせいで、現在の国王は貴族の言いなりとなっているようだ。
言いなりにしている人物、それは……
「侯爵家……ターニャの、父親か」
めんどくさいことに、それはターニャ家だった。
もちろん、そんなことターニャが知るわけない。
つまり、悪いのは父親だけ。
私はどうするべきなんだ?
誰も傷つかないように、慎重に調査してきたというのに、結果として残ったのは「無理」ということだけではないか。
伯爵からも、「早くしてくれ」と要求されている。
約束は約束。
まだ、私の心の中で決心がついていなかったものの、侯爵家まで出向くことにした。
♦︎♢♦︎♢♦︎
今日は誕生日だった。
だが、午前中の予定は空いていた。
お昼過ぎに、職業鑑定の儀式……夜はパーティーだ。
みんなの嬉しそうな顔が朝から見えた。
前世とは打って変わって、私は幸せだった。
幸せ故に贅沢な悩みをしてしまう。
「全員救いたい」と願った。
ターニャの父親を悪いと決めつけて、罪人とすると、私の友人であるターニャは悲しむのでは?
だからと言って、伯爵の娘を放置でいいのか?
しかも、伯爵は侯爵の言いなりになるしかないらしく、歯を食いしばって耐えているらしいじゃないか。
目の前にそびえ立つ大きな屋敷。
初めて目にした時から、変わっていないその外観。
中に入るのにはもう手慣れた。
歩法に気をつけて、不可視化を発動する。
そして、調べ上げた情報から、どこに伯爵の娘が監禁されているのか、探し出す。
道はもうわかっている。
なんと言ったらいいか……伯爵がわざわざ『隠密』という部隊を雇って調べてもらったらしい。
その隠密さんたちの情報によると、侯爵家はとある仕掛けが施されているということだった。
「まさか、こんな仕掛けがあるとはね……」
侯爵の私室。
たくさんの本がずらりと並べられ、重量感溢れているその本棚。
一部の本の位置を入れ替えて、順番通り中に押し込んでいく。
教えられた順番は正解に辿りつき、秘密の扉が開く。
私の家にはこんなものなかった。
だからこそ、圧倒されてしまった。
中へ続く暗い階段。
下を覗いてもなにも見えない。
「でも、やるしかないんだ」
私には悩んでいる時間はない。
最近は、獣人君、ターニャとも遊んでいない。
それに、獣人君もなにやら外に出てって遊んでいるようだ。
「よし、行こう」
気持ちを切り替える。
遊んであげられてない申し訳なさよりも、人命の方が優先だからね。
階段を下っていく。
コツコツと音を立てることもなく、中へと進む。
時期に、壁が、木から石のものへと変わり、その階段にも終わりが見えてきた。
「全く、『隠密』さんたちはどうやって調べたのやら……」
階段ゾーンが終わり、少し開けた場所に出てきた。
そこは、高さ十メートル、横幅十メートル、奥行き十メートルほどの広さだった。
「あれ?」
だが、そこにはなにもなかった。
そして次の瞬間、
「ようこそ、我が家へ」
「!?」
後ろを振り返る。
そこには、最近は見ていなかった侯爵の顔があった。
若干前よりも生き生きしているのがなんとも憎たらしい。
「わざわざ、ここまでやってくるとはねえ」
「伯爵の娘を返しなさい」
率直に告げる。
もちろん、予想はしていた返答が返ってくる。
「それはできない」
「いいえ、返してもらうわ」
二本の短剣を抜く。
生憎、大剣は手元にない。
メアリ母様と傀儡男……の戦いで、地面に突き刺したままにしていた。
故に、今はどこにあるかもわからない。
「ふん、貴様にそれができるかな?」
その声はどこか余裕を感じさせる。
その理由がすぐにわかった。
「ターニャ!?」
「久しぶり、ベアトリス」
後ろからひょっこりと彼女が出てくる。
表情こそ明るかったが、尻尾でわかった。
(泣いている?)
垂れ下がった尻尾は、彼女のポーかフェイスを見抜かせてくれた。
「ターニャを呼んでどうするつもり?」
「ふふふ、それは簡単なことだよ」
瞬間、ターニャが走り出す。
そして、殴りかかってきた。
(!?ッ重い!)
その攻撃は明らかに獣人の範疇を超えていた。
「ははは!見ろ!これこそが鬼・人・の力だ!」
そう叫んだ侯爵。
(鬼人ですって?)
鬼人
私が生まれて間もない頃、滅んだ種族。
崇められている竜人族、それと肩を並べていた鬼人は、獣人たちとは比べ物にならないほど力強い存在だった。
それが、ターニャ?
「騙していてごめんね」
「!?」
そう口にした瞬間、彼女の姿が変化していく。
魔法によるもの?
今はそんなのどうでもいい。
特徴的な猫の耳は消え去り、代わりにツノが生えてくる。
光る鱗が剥がれ落ちるかのように、局所的に彼女の本当の姿がどんどんあらわになって行く。
尻尾はなくなり、なにも生えてこない。
服装は、貴族のものから、東の国で盛んに着られている『着物』へと変化した。
赤を基調とした服に、黒と白が織り混ざり、華をその服に刻んでいた。
「これが本当の私」
目の色も髪も、なにもかもが変わった。
私は、逃げるように彼女の拳を振り払う。
「どうして!どうしてそんな奴に協力してるの!」
鬼人……獣人から生まれることはない種族。
ハーフというのもあり得ない。
なぜなら、獣人とのハーフの鬼人はツノが一本のみだからだ。
彼女は二本。
純粋な鬼人族。
てことは、彼女の後ろでニタニタ笑っている猫獣人は、本物の家族ではないということだ。
「ははは!さっさと死ね!」
「!」
だが、鬼人族を超えるポテンシャルを秘めている私にとって、ターニャが獣人であろうと、鬼人であろうと変わらない。
ターニャの横をすり抜けて、公爵を直接ぶん殴ろうとした時だ。
「こういう時のための盾だよな」
「!?」
再び後ろから、奴隷姿の小さな子供が出てきた。
手を引っ込めて後ろに飛び退く。
ターニャの追撃もなんとか躱しながら、
「その子は誰!?」
清涼の調整をする余裕はなく、叫ぶような声になる。
「伯爵の娘、詰まるところ貴族だな」
「なんですって!?」
私が数ヶ月にわたって居場所を探していた伯爵の娘さんがそこにいた。
こちらに向ける視線は暗かった。
「ほらほら!早くしないと貴様が先に死ぬぞ?」
いつの間にか背後に迫っていたターニャに気づかず、私は顔面に彼女の渾身のパンチを受ける。
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