第124話 理想の日常

「あ!ちょっ……まっ!」


「ん、かわいい」


「だから、あんたたちさ、いちゃつくのはやめて頂戴?」


「だったら、助けてくれ!」


 この獣人め……いいご身分なこったな!

 フォーマのような美人に抱きしめられているくせして、生意気だ!


「ベアトリス……この子私に頂戴?」


「はい!?」


「いやよ、この子は私の家族よ?」


「はい!?!?」


 あ……。

 また口が滑ってしまった。


 ダメだ。

 家族という単語を出すとあらぬ疑いをかけられかねない。


「いいから離しな、さい!」


 無理やりフォーマから獣人君を引き剥がす。


「た、助かった……」


「助かったじゃないわよ……」


 こっちはかなり疲れた。


「あの、えっと僕はここでどうすれば?」


「どうって何よ?」


「えと、家事をやれとか、料理をしろだとかそういう……」


「え?逆にできるの?」


「はい」


「すごー!」


 男子だよね、この子。

 何?


 もしかして有能?

 獣人の基準はよくわからんな。


 家事はできて当たり前なのか否か……。


「そんなことしなくていいわよ。くつろいでなさい」


「え!?」


「いいのいいの。疲れたでしょ?ほら、私のベット使っていいから」


「べ、ベット!?」


 何を驚いているのか?

 ぶっちゃけここ私の部屋だし、連れ込んだ相手にどんな扱いを受けようと、文句を言うつもりはないぞ?


 あ。


 今思い出した。

 私って、目つき鋭いんだ……。


「もしかして私のこと怖いの?」


「怖い?何が?」


「目つきとか……」


「そんなことないよ!とっても可愛いよ?」


「……………」


「?」


 こいつってば、こう言うタイプなのか?

 ナチュラルに褒めるのがデフォルトなのか?


 こんなのってないだろ!

 女の子側勘違いしてまうやろ!


「ベアトリス、惚れた?」


「うっさい」


「キュン!?」


「ユーリまで何よ」


 ユーリはなぜ反応したのか?

 知らんけど、うちの家族ってば騒がしいな。


 それが幸せだ。


「と、ところで、獣人君よ」


「獣人君?あ、はい」


「お腹は減ってないかね?」


「減ってない——」


 なんとなく予想はしていた。


 グーという音がして、獣人くんのお腹がなる。

 本人はものすごい恥ずかしそうにもじもじしていた。


 私よりもよっぽど女の子っぽいしぐさだな、羨ましい……。

 後でレクチャーしてもらおう。


 そう思いながら、私は食事をプレートに乗せて取ってくる。


「はいどうぞ」


「これ、クッキー?」


「ごめんね、今私が作ったのこれしかないの」


「作ったの?」


「うん!まあね!」


 こう見えても女子は女子。

 私の女子力を思い知れ、少年!


「では、いただきます」


 そう言って、クッキーに顔を近づけて鼻をひくひくさせている。

 ユーリも混ざって匂いを嗅ぎ、一つつまむ。


 ま、まあそこはご愛嬌。

 許してやろうじゃないの!


 一通り匂いを嗅いだ後に獣人くんがその持ち辛そうな手でクッキーを一枚掴む。


 そして一口!


 そこそこ大きめに作ったクッキーだったが、さすが獣人。

 口がでかいな、子供でも。


 ボリボリという音がし、ゴクンという音もした。


 そのまま固まっている。


(え?美味しくなかったのかな?)


 失敗したやつ出しちゃった?

 と、一瞬思ったが、それが気のせいだったことを思い知る。


「……………!」


 表情は一切動いていないのに、感情がわかった。

 尻尾が揺れている。


 それはもう、滑らかに……。

 と思ったら、勢いよく動き出す。


 あ、はい。

 おいしかったんですね、ありがとうございます。


「あ、とても美味しいです!」


「あ、うん……。君って感情豊かだね……」


「へ?」


 少しは仲良くなれただろうか?

 私は家族たちにこの子の存在を知らせる必要があるのだ。


 その時にまでは少しくらい仲良い姿を見せないと納得しないだろうと思ったための行動だ。


 ほんとだよ?

 ほんとだからね!?


「じゃあ、私はちょっと、父様の私室に——」


 そう言って部屋を出ようとした時だった。


「お嬢様失礼しまーす!」


 そんな声がした。

 ドアを開けようとしていた、私は彼女の勢いによってドアで押し潰されてしまった。


 そして、フォーマはいつも通り身を隠す。

 だが、とっさのことで獣人くんは反応できずにクッキーをくわえたまま座っているではありませんか!


「お、おじょ、お嬢様が男を連れこん——!」


「違うわよ!」


 後ろから飛び出て、ミサリーの口を塞ぐ。

 案の定、私に気安く接してくる一番のメイドミサリーであった。


 大事になったら面倒臭いので、ドアを閉めて、ミサリーを中に入れる。


「お嬢様!?男を連れこんで何をする気ですか!?」


「いや、そうじゃな——」


「ダメです、いけません!そういう遊びをするのは、後数年経ってから——」


「違うって!」


 一旦冷静さを取り戻すまで待ち、再び口を開く。


「違うからね?」


「で、でも……同い年くらいの少年を連れ込んで……。しかも、狼獣人だし……って!?」


 ミサリーが驚いた顔をする。

 獣人くんの顔を見てだ。


「あ、えと……」


「あの!」


 ミサリーが獣人くんに向き直る。


「もしかして、私をあの時助けてくださった獣人さん!?」


「え?」


「ほら!私が子供の頃、魔物に追い詰められて崖から落っこちそうになったやつです!」


「あ!」


 彼が思い出すのは一つだけ。


(もしかして、二回目の過去戻りのことを言っているのか?)


 と……。


(でもおかしい。彼女を助けたのは、二回目。三回目の時は彼女のような人を助けた記憶は……)


 彼の疑問は尽きない。


 当のベアトリスは、未だ理解できていなかった。


 そこ知り合いだったの!?状態である。


「な!何かお礼できることはないでしょうか!?」


「お礼?」


「はい!血を飲んでも構いま——」


「それはいいとして!そんなのものはいりませんよ」


 血を飲むって……ナチュラルにすごい恐ろしいことを言うなミサリーは……。

 狂ってしまったのかと心配になってしまうが……。


 シュンと、ミサリーが子犬のような目をこちらに向ける。

 その様子にいつも通りのミサリーだなと安堵する。


 そして、

 

(いや、私を見るなよ、自分でなんとかしろ)


「わ、わかりました……それにしてもお嬢様が私の恩人を連れ込むとは……」


「その言い方はやめて?」


 あーもう……。

 この家はまた騒がしくなりそうである。


(今の私にはこれがちょうどいいかな……)


 この空気に溶け込んで、心に開いて傷を埋めようと試みる私だった。

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