第113話 因縁

 逃げて逃げて逃げて……。


 とにかく逃げまくった平衡感覚が狂ってしまうかもって思うほど、飛びまくった。


 途中までトーヤがどこまで追ってきているか確認してなかったが、それが良かったのか、いつの間にかトーヤを撒くことができた。


「ひとまずは安心……だよね?」


 相手が勇者だからなおさら不安になるよね。

 どんな技を使って追いついてくるかわからない。


 初めて出会った時、追いかけっこみたいな感じの状況になったことがあるのだが、その時は普通に追いつかれたよね。


 あの時と比べると、トーヤ、遅くなったりしてる?

 いや、弱体化する勇者なんて聞いたことない。


 ってことは、やっぱり、本気じゃないということだけ。

 本気じゃないからこそ、私は追いつかれずに、逆に相手を撒ききることができたわけだ。


「ちょっと……流石に疲れたわ……」


 私は今現在潜んでいる木の上で目を閉じる。

 ユーリもどうにかおっこちていないようで、私の服の中でモゾモゾ動いている。


 痒くなるからやめてほしい。


 そう思っていたら、服から出てきて、違う木の幹に飛び移る。

 そして、毛並みを整え始める。


「お気楽でいいわね……」


 私は現在、生死と今後を分けた鬼ごっこをしている最中だというのにね……。


 もう少しの間休んでいてもバチは当たらないだろう。

 というわけで、私はそこでゆっくりすることにした。


 インビジブル&気休めに気配を消しておく。


 これで見つかったら、逆にすごいね君って褒めるわ……。

 そんなわけで、私は木の上で一休みしようとした時だった。


 ガサッという音がする。

 やはり、神様は私に厳しいようで、そう簡単には休ませてくれないようだった。


 今度はなんだと、身構え、音を出した人物を確認する。


 人じゃありませんように、という願いが通じるわけもなく、影は人の形を型取り……


(あれ?)


 出てきたのは、白いドレスを着た女の人だった。


 茶色の髪の毛で手には簡素なバッグを持っている。

 嬉しそうに微笑みながら歩いていくその様は、まるで童話の中にいそうな人物だと思わせるほどだ。


 そして、何故だか私はその女性から目が離せなくなった。


 いや、別に綺麗すぎるからとか、そういうんじゃないからね!?


 ただ、なんだろう……。


(どこかで見た気がする……)


 記憶上ではないが、なんとなく親しかったような?

 そんなわけないと思いつつも、そんなことを考える。


 そして、再びガサッという音が聞こえてきた。

 今度こそ、トーヤ!?


 と、崩しそうになった体勢を再び立て直したが、それは無駄だったようだ。


 もう片方からは黒い服を着た男の人?が出てきた。


 前にいる女性に話しかける。

 残念ながら何を言っているのかは聞こえない。


 そして、男の方もなんか見たことがあるような……。


(でも、私の記憶には……あ!)


 思い出すは五歳の誕生日。

 三年前だった。


 私の屋敷の屋根で、不適に笑う男がいた。

 そいつは黒い服を着て、フードをかぶっていた。


 ちょうど目の前の男のように……。


(女の人が危ない!)


 そう思って身を出そうとした瞬間、


「!?」


 男が短剣を引き抜き、目にも止まらぬ速さで突き刺した。

 女性は倒れる。


 地面には血が散乱し、女性の服は血で赤く染まってしまった。


(あ、あれ?)


 こんな時だというのに、体が動かない。

 なんだろう?


 思うように体が動かせずに、硬直している。

 それに加え、


「え?」


 顔からなにか冷たいものが流れ落ちた。


(な、なんで?)


 それが何かははっきりとわかった。

 だが、何故流れたのかが理解できなかった。


 それにこの、ポッカリと何かが空いてしまったかのような気分は一体なんだ?

 こんな気持ちになったのは、前世で私が処刑された時以来だった。


(や、やだ……こんなこと考えちゃダメ……)


 一応トラウマなのだ。

 思い出したくない。


 感情を殺して、平常心に戻る。


(そう、今の私は前世とは違う。もっと優しくて、強くて……)


 気持ちが戻ってきた。

 そこに、苦しいような気分はなく、その代わりにモヤモヤする気分だけが残った。


 って、こんなこと考えている場合じゃないわ!


 そう思って、もう一度男の方を見る。


(あれ?また増えてる?)


 今度は小さな獣人だった。

 私と同じくらいの背丈をしている。


 普段だったら愛らしいなあ、とか思うのかもしれないが、今はそんな気分ではなかった。


 それにその獣人の方も、怒りに満ちた顔をしている。

 きっとあの女性の知り合いだったのだろう。


(助けなきゃ……)


 なんとなくそう感じた。

 無視してもいい。


 そんな考えは浮かんでこなかった。

 私は飛び出す。


 魔法を解除し、それなりに本気で……。


 不意打ちだから当たるかな?


 とか思っていた時期が私にもありました。


「三年ぶり?私の誕生日めちゃくちゃにした件、忘れたわけないでしょうね?」


 皮肉たっぷりでそう言ってやった。


「やあ、ベアトリス。ここにくるかもとは思ってたけど、まさか勇者は巻いたのかい?」


「なんであんたがそれを知っているのかは後で聞いてやるわ」


 男が短剣を振り上げる。

 足を捻り、男の拘束から抜け出して、私は男の足を狙って蹴りを入れる。


「あれ?」


「あはは!勇者と戦って疲弊しているみたいだね!」


「うるさいわね……」


 びくともしなかった。

 足元は人間が体を支える大事な場所。


 崩してしまえば、後は勝手に倒れる。

 だが、この男はどうだろう?


 硬すぎるのだ。

 どうやったらこんな風になるの!?ってぐらい……。


 後ろに飛び退き、一度体勢を立て直す。


「あ、ベアトリス、さ……ん」


「あ?なに?」


 隣にいる獣人が声を上げる。

 その声はどっかで聞いたことある声だった。


 結構最近だったりするかな?


 聞き覚えがある。


 誰だっけ?

 一番最近に話すようになったのはフォーマだよね。


 もう、声を聞き飽きるくらいに……。


「あ、フォーマと戦ったときの人?」


「え?フォーマ?」


「白装束だよ」


「あ、はい……」


 やっぱそうだった。

 普通に人間かと思ったら違ったわ。


 だから、私の攻撃も止めれたんかな?

 知らんけど。


「それより」


 獣人は顔つきを変える。


「僕に相手をさせてほしいです」


 決意に満ちたような表情で、獣人は告げる。


「できんの?」


 指を刺した方向にいるのは女性を刺した男。

 一人きりで勝てるとは到底……。


「あはは!お前程度じゃ俺には勝てねーよ!」


「………!」


 ガルルと唸り出す獣人君。

 君の気持ちはよくわかる。


 知り合いが死ぬって、普通経験しないもん。

 理性保ってる分すごいよ。


「二人なら……」


 大剣を瞬時に取り出し男に斬りかかる。


「おっと!」


「二人なら、それなりにやれるんじゃない?」


「おいおい勘弁してくれよ……親子揃って連続かよ……」


「親子?」


「お前は知らなくていいよ」


 短剣で大剣は弾かれる。


「獣人君」


「はい!」


「手伝うからあいつぶっ飛ばすよ!」


「はい!」


「いい返事ね」


 私は、大剣を構えて再度、突撃するのだった。

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