第112話 邂逅

 金属音と共に、私の腕に衝撃が走り抜ける。


「ぐっ!」


「抵抗しないで欲しいな」


 トーヤめ……。

 後でぶん殴ってやる。


 それにこのひげ男。


「冒険者はこっちで抑えるとしよう」


 とか言って、後ろの木々に向かって何か合図を飛ばす。

 すると、茂みから人が飛び出してきたではありませんか!


 それも数がおかしい。

 何十人も湧いて出てきた。


 出てくるわ、出てくるわの軽装の男たち。


 冒険者たちと、ひげ男の後ろから出てきた奴らも戦闘を始める始末。


 かなりの乱戦になってくる予感……。


 そして勇者一行はというと、


「人間、やっぱり敵だった!」


「ち、違うわよ!こいつらは勝手についてきただけで……」


 ミレーヌと人数が増えて戻ってきた妖精たちと言い争いになっている。

 今にも手を出しそうな一触即発の雰囲気だ。


 誰かにトーヤの相手をなすりつけようかと思ったけど、誰も手が空いてない様子。


「私がやるしか無いのか」


 男のふりをするのは一旦やめよう。

 真面目に私はトーヤを倒さなければ……。


 片手剣と大剣の戦い。


 片手剣は手数が多く、そのかわり威力は低め。

 対して大剣は、振りがいちいち大きく、その代わりに威力が高い。


 個人的な見解からしてみれば、片手剣と大剣は大剣にとって相性が悪いと思う。

 だって、片手剣はさっきも言ったように手数が多いのだ。


 だから、隙が大きい大剣には相性バッチリなのだ。

 つまり、私は現在不利であるというわけだ。


 結論、それが言いたかっただけ。


 こんな森の中という狭い空間で大剣が思いっきり振れるかと聞かれたらできないし、相性は最悪だし、純粋にトーヤ強いしで、私はさっさと逃げ出してしまいたい……。


「でも、捕まるわけにもいかないんで!」


 帝国に連行されたとして、私が生きてる保証はないのだ。

 せっかく殿下が優しくなって、私が死ぬ確率が減ったというのに。


 家出する理由が半減したものの、死ぬリスクを私から増やして『家出したい!』とかいうつもりはさらさらない。


 ので、攻撃をお止めください、勇者様!


 私が家出する前に、人生の幕を下ろさせてたまるかってんだ!


 私の家出する理由。


 死にたくないからだよ!?


 貴族社会なんて物騒なところからおさらばして悠々自適に暮らしたいだけなんだよ!?


 その生活がもう目前まで来ているのに、ここで諦めるわけにはいかない!


 と言っても、いくら反撃しようとトーヤにいなされるだけ。


(くっそ、このままじゃ攻めきれない……!)


 大魔法を使えば、なんとか効くだろうけど……、その暁にはここら一帯を巻き込んでしまう。


 だからと言って弱い魔法を使ってもトーヤに効くはずもなし。

 物理も全て弾かれる。


 そこで私がとった行動は……。


「逃げる!」


 トーヤの横を通り過ぎ、前方に向かって全力ダッシュ!

 いや、普通そうするでしょ?


 え?


 誇り高い貴族のくせしてダサいって?


 もういっぺん言ってみなさい。

 十分後にはこの世から消えてると思うけど。


 って、それはいいんだ。

 逃げるのが最もいい選択。


 なぜならば、唯一私が優っているかもしれないのが、これだから。

 それに、私の服の中にユーリが隠れてるんだよね。


 怪我させるわけにもいかないので、戦いは避けさせてもらう。

 家族として当然のことなのだよ!


 決して言い訳ではない!

 言い訳ではないのだ!


 武器をしまって、『身体強化』『脚力強化』を付与し、森の中を駆け抜ける。

 それでも追いついてくるようであれば、転移で逃げる。


 これを繰り返す。

 数秒間のうちに何百メートルを駆け抜けたことか。


 膝がガクガクになりそうなのを堪えつつ、とにかく走った。

 ここは森の中。


 いつか、視界が遮られて私を見失う可能性は高い。

 それを信じて逃げるだけ。


 ギリギリまで隠蔽をして、気配を消し、どうにか逃げ回っているとさ。

 こんなことを考えている間にもトーヤは追いついてくるわけで……。


「頼むよ、怪我はさせたくないんだ」


「うっさいわ!あんな男のいうこと信じるあんたが悪い!」


 実に正論だろう?

 どことも知れぬ男の言うことを聞いた結果がこれだ。


 トーヤは優しい。

 だから、見知らぬ人の言うことも間に受けてしまう。


 もちろん、本気にはしていないそうだが、万が一のため……と言って追いかけてくる。


 普通に考えたらあり得ないだろ!

 と、言いたいが、もしひげ男の話が本当ならば、周辺国家を巻き込んだ戦争になるのはなんとなくわかる。


 優しい勇者様はそんな事態にしたくないのだろうなー。

 もちろん私もそんなのは嫌だ。


 その優しさが仇となったな……。


 近くまで接近し手首を掴まれそうになったあたりで、私は転移をして再び逃げる。


 どうか見失ってください……そう、願いながら。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎↓とある獣人視点↓



 僕は気分良く散歩をしていた。

 新たなお家が見つかり、現在はそこで暮らしている。


 至る所を転々とし、最終的にたどり着いたのは王国からだいぶ離れた違う国の森の奥深く。


 魔物も出てきて、食料には困らない(まずい)。


 今日も今日とて、母親である女性のためにご飯取ってきたところだ。


「ふんふーん、早く食べさせてあげたいなー」


 尻尾をふりふりしながらそんなことを考える。

 最近は情緒が安定していないお母さん。


 どうにか助けになりたくて最近はいろんなことに挑戦している。

 料理とか、洗濯とか……そういう家事だ。


 前世というかなんというか……。

 過去に戻る前ではそんなことしたことなかったがこういうのもいい経験かも知れない。


 そうして僕は変わっていくのだ!

 変わっていくと言えば、僕の見た目もだいぶ変わった。


 八歳になり、少しは身長も伸びてきたが相変わらずのチビ。

 どうしてだろう……騎士の頃の面影なんて無くなっている……。


 ストレスでも感じているのか、最近では毛並みの色素が落ちてきた。

 ある意味イメチェンと思えば悪くないかも?


 とか、思って自分を納得させる。

 でも、ストレスはきっとお母さんの方が感じていることだろう。


 記憶も戻らないのに、何かに怯えている。

 何に怯えているのかすらわからず、恐怖に震えていることがどれほど恐ろしいことか……。


 だから、僕も少しだけでも支えにならなければならない。


「早く帰らないとな」


 そんなことを考えている時だった。


「ん?これは……」


 鉄の匂いがした。

 ここらへんに鉱山なんてあったかな?


 でも、この匂いは行きには感じなかった。

 ってことは、血の匂い?


 嫌な予感がした僕はとってきた魔物をその場に捨て駆け出す。

 血の匂いがしたのは、僕らが見つけた家の方向からだった。


 森の中を走り抜け、枝が服に刺さっても突き進む。

 そして、僕はその匂いの発生源までたどり着いた。


「お、お母さん?」


 倒れ伏していたのは、白い簡素なドレスに身を包んだ……赤くなった服を着て倒れている母親の姿だった。


「あれ?もう帰ってきたんだ。おかえり、ボク〜」


 母親の横を見れば、黒い服を身を包み、フードで顔を隠している男がいた。


「お前!僕のお母さんに何をした!」


「さあ?何をしたでしょう〜か?」


 手に持っているナイフをくるくると回しながら、男は答える。


「おお?やる気かな?いいぜ、俺は付き合ってやっても」


 ヘラヘラしながら喋る男に僕が飛びかかろうとした時だった。


「おっと……邪魔が入ったようだね」


「は?」


 そんなことを言って、僕は一瞬理解できなかった。

 だが、すぐにそれがなんのことかわかった。


「三年ぶり?私の誕生日めちゃくちゃにした件、忘れたわけないでしょうね?」


 そんな穏やかとは言えない声が聞こえてきたのだった。

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