第114話 思惑(傀儡視点)

「狂信嬢もやられたのも納得いくわ……」


 相変わらずの化け物、ベアトリス。

 いや、さすがに俺が相手できるレベルではあるものの、この歳でこれって……。


 軽く現実逃避したくなるほどだ。


 大剣は隙が大きい。

 だからベアトリスの攻撃は自分に当たることはない。


 短剣で、リーチは短いものの、当たりどころによっては相手を即死させるに十分。


 だが、いまだに勝負の決着がついていないのは、ベアトリスと大剣の組み合わせのせいである。


 なにが言いたいのかといえば、大剣で隙が大きいとはいえ、まだ八歳のベアトリスは体が小さい。


 大剣を振った後の隙を狙って攻撃を仕掛けても、軽く避けられる。

 結果、大剣の弱点がなくなったも同義である。


 ベアトリスが避けるのであれば、振った後に生まれる隙は意味をなさない。

 つまり、お互い攻撃が当たらないのだ。


 そして、問題になってくるのはもう一人の方だ。


(あの、獣人も大概だろ!)


 ふざけんなよ!

 なんでこんな簡単に人外が湧いてくるんだよ!


 あれか?


 俺は物語の主人公だったりするのか?

 強い敵と戦っていたら、新たな強敵が参戦してきたってか?


 バカやろうが!


 勘弁してほしいものだ。

 ベアトリスの攻撃を避けた隙を狙って、背後に忍び寄る獣人。


 しかも問題なのは、その反射神経だった。

 多分ベアトリスよりも良い……。


 五感が優れているのか、感覚で避けているのか。

 どちらでも一緒かもしれないが、俺の振りの速い攻撃が当たらないのは酷い。


 泣いて良いですか?


 いじめだろこんなの!

 無駄にすばしっこい人外と、攻撃力全振りの人外。


 どうして俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ……。


 俺の手の中にある短剣。

 こいつが折れたら、俺の命もそこまで。


 はあ……。

 死にたくないからなぁ〜。


 そう考えた俺がどうするかといえば、


 《いよーっす!ちょっと、死にそうなんで誰でも良いから応援よこしてくれなーい?》


 いつも通りの軽い口調で本部に連絡を入れるのだった。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎↓トーヤ視点↓



 なにをしているんだ?

 俺はこんなことをするつもりなんてさらさらない!


 体が言うことを聞かない。

 なのに、勝手に剣を振り回す。


 しかも、信頼しているベアトリスに。

 どうしてだ?


 なにが『念のため……一応……』だ!

 ふざけるな。


 俺はそんなこと思ってない。

 絶対にあの怪しい男がでたらめを言っているとわかっている。


 だが、何度も体に止まれと命じようとも、その動作が止まることはない。


 やがて、ベアトリスの姿を見失った。


(これで、危機は免れた……のか?)


 最悪の状況は脱せた。

 だが、ここから俺がどうするかが問題だ。


 自らの力で体の制御を取り戻す。

 それから、ベアトリスに謝って、この件は終わりだ。


 早くもどれ……。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎↓メアリ視点↓



 私の人生もここまで。

 短いようで長かった。


 私の血が周囲の草花を赤く染め上げる。

 倒れ伏した私は間もなく死を迎えようとしていた。


 森での生活は息子がいたおかげで辛くはなかった。

 支えられて、支えられて……。


 それでも、私はなにも思い出せない。

 現実を拒否している。


 私はメアリと呼ばれた。

 メアリという名前らしい。


 それだけはわかった。

 なぜあの男が私の名前を知っているのかはわからない。


 少なくとも私があいつから逃げていたのは確かだった。

 目の前に立ったあの瞬間、私は死んだと確信した。


 あんな化け物、どうやって倒すんだ……。

 私は強い。


 けど、それは魔物相手の話だった。

 知性がない魔物は簡単に倒せる。


 だが、人間のような知能ある者はダメだ。

 全力の力を奮っていいのか、迷いが生まれる。


 元々そういう人間だったのだろう。

 できれば、こんなことしたくない。


 そんな甘えた考えで、仕事をしてたに違いない。


 でも、それでよかった。


 息子には申し訳ないな。

 すぐに死んじゃって……。


 だけど、これで息子も自由に独り立ちできるって話よね。

 私のせいで一生を無駄にさせるなんて悲しいもの。


 ある意味死んでよかったのかも……。


 痛い。

 苦しい。


 私はまだ生きている。

 意識だけが残って心臓や体の機能は停止している。


 だが、視界はまだしっかりとしていた。

 認識するは、三人。


 黒い男と、息子……。

 そして、見知らぬ女の子。


 だが、どこかで見たことあるように感じているのはなぜだろう。

 黒い髪……この辺りでは珍しい色をしている。


 可愛いな。


 なぜかそう思った。

 勇しく斬りかかる姿を見て可愛いと思うのは不自然だろう。


 だが、そう感じたものはしょうがないでしょ?

 我が子のように愛おしく見える。


 記憶をなくす前だったら知り合いだったのかな。


 目の中に光を宿していなく、切れ長の目をさらに鋭くしている少女。

 その目を見ていると、泣いているようにも見えた。


 きっと気のせいだろうが……。


 そして息子は……。

 よかった、傷らしい傷は見当たらない。


 早くその場から逃げてほしいと心の底から思う。

 でも、それを伝えることはもうできない。


 だから私は信じる。

 きっと二人とも生きてあいつを倒してくれると信じる。


(あぁ……そろそろ時間ね)


 視界が暗転する。

 もうなにも見えない。


 私はそのままゆっくりと意識を手放そうとする。

 その時だった。


 《死ぬのか?》


 誰かの声が聞こえた。


『誰ですか?』


 《我のことを忘れているとな。相変わらず、不思議な女だ》


 偉そうな口調で誰かが喋る。

 耳元で、ではない。


 脳内に直接語りかけられる。


 《我を苦しめた女がそう簡単に死ぬとは思えないのだが……》


『あなたは誰なんですか?』


 《我は我、それだけだ。それより、いいのか?大切なを助けなくて》


 質問には答えてくれない。

 だけど……


『いいわけない!』


 《それでこそのお主だな。そんなお主に最後のチャンスを与えよう》


 チャンス?


 《我が蓄えた魔力を分け与えよう》


『!?』


 《ただし、その魔力が切れた時がお前の命運の分かれ道だ》


『もう一度、戦えるの?』


 《ああ、全力は出せずとも……お主にはそれで十分だろう?》


 名前も知らないし、声にも聞き覚えがない。

 そんな誰ともわからぬ人からの施し。


 私はそれにすがることにする。

 それで、大切な家族が守れるなら……。


『ありがたく受け取るわ』


 《ふん!当たり前だ。……ったく、また我の復活が遅くなるな……》


 そんな呟きを聞きつつ、私は体に流れてくる力を確かめる。


 記憶をなくしてからの私よりも、多くの力が中に入ってくる。

 それはどこか懐かしい気がした。


(記憶をなくす前はもっと強かったのかしら?)


 だけど、それを機にする暇はない。

 私の体は徐々に治っていく。


 突き刺された心臓は鼓動を始め、血が流れ出す。

 全身の臓器機能が復活し、私は息を吹き返した。


「ありがとう、名も知らないお方」


 目を開けて、地面に寝そべった状態ながらも、そんなことを呟く。


『キュン!』


 何か動物の鳴き声が聞こえる。

 きっと気のせいだろう。


(さあ!早く助けにいかなくちゃ!)

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