第73話 超高度な心理戦

「もちろん座る席は隣ですね!」


 レイが私の陣取った一番奥の窓側の席の隣に座ってくる。


「あんたさぁ?もうちょっとほかに友達とか作ったらどうなの?」


「ベアちゃんには言われたくないです!」


「うっさい!」


 私の事はほっておいてくれ!

 前世から友達がほぼゼロな私。


 そんな私に友達を作れと?

 貴殿は戦争中、最前線でお茶会をしろというのかね?


 つまりそういうことだ。


 私にとっては死ぬことと等しいのである。


「とにかくさ、レイは目立つから少し離れておいてほしいんだけど?」


「ええ!?なんでなの!?」


「美少女が近くにいられるとねぇ?」


「ベアちゃんに言われたくないです!」


 授業の準備ということもあって、全員が自由に動き始める。

 もちろんオリビアさんは引っ張りだこ状態だ。


 私とレイはといえば、たぶん私のせいで誰も近づいてこないよね。

 いやぁ、編入生の中で一番怖いという認識になっているのは明らかである。


 公爵家の令嬢、しかも王族と最も近しい関係を築いている家であり、さらには私と勇者の噂の件もあるため、なにかと近寄りがたいのはわかる気がする。


 でも、この学院では、家柄は関係ないことになっているはずなんだけど。

 なぜかと言われれば、生徒会のせいである。


 生徒会が絶対的権限を持っている。

 これすなわち、実力があるものであれば、下級貴族であろうとも、上級貴族、ひいては年上にまで命令権があるのだ。


 下級貴族の子息にとって、これほどのチャンスはない。

 生徒会に入れば、将来が約束されたも同然だ。


 騎士団のスカウト、宮廷で仕えるのも夢ではない。

 夢のウハウハも実現可能なのだ!


 よかったな、生徒たちよ。

 私にはこれっぽっちも関係ないけど!


「準備終わったから私は寝ようかな」


「え、ちょっともうすぐ始まっちゃうよ?」


「いいの。たまには私にも休ませてって」


「毎日寝てるでしょ!」


 もう、気にしない。

 私は寝るのだ。


 お休みー。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「はい、授業を始めます」


「「「はい」」」


 みんなの返事とともに、授業が開始する。


(ちょっとー!ベアちゃんまだ寝てるの!?)


 隣ですやすやと寝息をたてているベアトリス。

 やっぱり寝ている顔が一番かわいい。


 いや、起きているときはどっちかというとかっこいいって感じだし、寝ている姿との変わりようがえげつないのだ。


 みんな見たらわかる!

 これはこれでいい、と!


「今日の授業は魔術の術式、積層型魔術について説明します」


 とうとう授業が完全に始まったわけだが、やはり起きる気配はない。


(もう、こうなったら私が起こしてあげる!)


 体をゆすってみる。

 だが、起きない?


 あれ?


 何で起きないのか、そう思った次の瞬間、答えにたどり着いた。

 その答えは、ブラックアウト、まあ、意識を遮断する魔法なわけだが、これを使えば、いくら身体的接触を図っても、起きることはない。


 魔法によって起床が妨害されているからだ。

 魔法大好きなベアトリスならきっとこの魔法を使っていてもおかしくない。


 というわけで、私ことレイ!

 ベアトリスちゃんの中に侵入しまーす!


 ずいぶんと簡単そうに言っているが、決してそんなことはない。

 霊体をベアトリスの中に入れる。


 それがどれだけ大変なことか。

 ベアトリスなら、きっと私の侵入も即座に感知してレジストしてくるだろう。


 術者の力量にもよるが、私がベアトリスに勝てるはずもないからね。

 こればっかりは、気合で頑張れとしか言いようがないのだ。


 そもそも、この体は霊体の一種であるため、難易度は跳ね上がっている。

 霊体であって霊体ではないというほうが正しい。


 本体の分身を無理やり霊体化したっていう感じかな。

 分裂する魔法を扱うにはまず、並列思考の魔法、もしくはスキルを獲得している必要がある。


 もちろん私は記憶の力ですべてごり押した。

 そうでもしないと覚えられないのでね。


 そこから、私が分身を生み出し(魔法で)そこから霊体化させるとなると、その難易度の高さがわかるだろう?


 何回魔法を使うんだよ!


 って言いたくなるが、それは私が横着をしてるからともいえる。

 本体が出てるんだから文句ないでしょ?っていう屁理屈ね。


 兎にも角にも、この場で霊体を使用しているから難易度が高いのだ。


 つまり、本体(本物)がこっちに来ればいいのだ!


 本体が霊体化するというわけではない。


 本体をここに転移させた瞬間入れ替わりに中に霊体が侵入する。

 この段取りだ。


 転移の魔法を発動する。

 時間にして数秒はかかる転移魔法。


 ベアトリスならコンマ数秒単位で転移ができるだろう。

 それにくらべたら、やはり私の演算能力はとぼしいといえる。


 そして、その数秒間のうちに斜め前の席に座っていたオリビアが私たちのほうに振り返る。


 どこか驚き、ベアトリスを見て納得したように微笑む。

 首席で編入しただけあって、さすがに魔法の発動には気づかれたようだ。


(ほかにも何名か気づいてるみたい)


 こっち見ないで!


 そう叫びたい気持ちを抑えながら、私は侵入していく。

 入れ替わりは成功。


 そして、ベアトリスの内部に入ることもできた。


(早く起きなさーい!)



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 遮断していたはずの意識がいきなり呼び起こされる。

 いや、いきなりという言い方はおかしい。


 夢の中でレイが出てきた。

 私を必死で追いかけまわして、ちょうど捕まったところで意識が覚醒した。


 つまり、あれは私の精神内に侵入したレイの仕業なのだろう。


 だから、私は文句を言う。


「ちょっと!せっかく意識を遮断しているのに、中に入ってこないでよ!」


 今が授業中ということを知らなかった私の声は思いのほか大きく聞こえ、


「ベアトリスさん、授業中ですよ」


「あ、すみません」


 クラスの中に笑いが起きる。


 そして、オリビアが苦笑しているのが目に入った。

 なんか、腹立つ。


 もちろんその怒りの矛先はレイに向いたものだ。


(よし、あとでしばく!)


 私はそう心に決めるのだった。

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