第58話 私の日記(とある女性視点)
○月○日
今日は息子の三歳の誕生日でした。
息子はいつも私のことを気遣ってくれます。
♦︎♢♦︎♢♦︎
「お母さん!?大丈夫!?」
「うん、平気平気。こんなんじゃへこたれたりなんかしないわ!」
こんなダメな母親でごめんね。
ほんとはそう言いたかった。
私がわがままを言って、街中で暮らすのを拒んだのだ。
なぜだかはわからない。
だが、あの街には絶対に帰りたくない。
何かに怯える私がそこにあった。
でも、何に怯えているのかは思い出せない。
なぜなら、私は記憶をなくしたから。
最後に残る記憶は誰かの屋敷の中で倒れる自分の姿。
そこで何があったのかはわからない。
ただ、そこで死にかけたとしたなら、どうして私の服は純白色を保っていたのだろう?
高いところから落ちたのだとすれば、絶対に血が付着する。
そのはずなのに、私の服は汚れひとつついていなかった。
さらに言えば、私は落下耐性をつけるような魔法も法術も扱えない。
これは、試してみたことで明らかになった。
だが、そんなことを考えても後の祭りだ。
今重要なのは、そんな私に付き添ってくれる息子がここにいると言うことだ。
種族は違う。
人間と獣人だ。
だけど、私にはそんなこと関係なかった。
私はが街から逃げ出してきたとき、私と息子が出会ったのは運命のようなものだった。
私と息子が出会ってなかったら、私がそのうち自殺していただろう。
居場所がわからず、何かに恐怖し、人と関わりたくないと本能が訴える。
いつしか生への執着も拒絶していたことだろう。
そんな時はいつも息子がそばによってきてくれる。
今みたいに……。
「ごめんね、今日は誕生日なのに、いい魔物が狩れなくて」
「大丈夫だよ、“僕“は何日か食べなくても平気だし、昨日も食べさせてもらったもん!」
それでも、空腹感は感じるだろう。
それなのに、この子ときたら余計にいい子だから……。
「大丈夫よ、お母さんは強いから。そうね、ワイバーンでも狩ってこようかしらね」
「わーい!ごちそうだね!」
うふふ。
息子が喜んでくれている。
それが、私の心を癒してくれる。
(これは、何がなんでも狩らなくちゃね!)
一段と気合を入れた私は立ち上がる。
♦︎♢♦︎♢♦︎
○月○日
今日は初めて息子が一人で狩りをしてきました。
やっぱり、私の子だから才能豊かなんですね。
♦︎♢♦︎♢♦︎
「みてみて!僕も狩ってきたよ!」
「これ、一人でとってきたの?」
手に持っているのはホーンラビットの死骸だった。
決して強い魔物ではない。
だが、逃げ足が早く捕まえるとなると、かなり厄介な魔物だ。
「そうだよ!」
「すごいじゃない!さすが私の子供ね!」
「えへへ……」
恥ずかしそうにもじもじしながらも、尻尾はビュンビュン揺れている。
獣人は感情がバレやすいんだな。
そう思った。
自分は獣人じゃなくてよかった。
私だったら、すぐに落ち込んでいる感情がバレてしまうから。
(この子もいつか独り立ちする。そのとき、私はどうするんだろう)
素直に嬉しく思い、快く広い世界に送り出す。
だが、それをしてしまった後の自分に残るものはなんだと言うんだ?
何か、この子のためにしてきたことはあったか?
ご飯を作ったり、勉強を教える?
いや、そんなの親として当たり前だ。
何かを買い与える?
そんなことしたことないが、手作りの服など、プレゼントは欠かさなかった。
(じゃあ、子供にとって私はなんだと言うんだ?)
私が必要とされているのはあくまで親だからだ。
それ以外に価値はない。
むしろ、種族も性別も違うのだから、避けられるのが普通である。
さらに言えば、私は変なところで強かったりする。
魔物相手でも怯えない。
逆に惨殺してしまう。
そんな様子を子供に見せて、何が親だと言うんだ!
(まともなことを一つもしてあげられないなんて……)
子供は一人で成長しようとしている。
今も、また、一つの成長を遂げていた。
嬉しく思う反面、私の役割が減ることをどこか悲しんでいた。
(どうか、私をまだ必要としていて)
心のどこかで……そう願う。
♦︎♢♦︎♢♦︎
○月○日
今日は旅に出ました。
私のわがままをまた押し通して……。
♦︎♢♦︎♢♦︎
「いつもいつもごめんね」
「大丈夫だよ。それに旅行だと思えばへっちゃらだよ!」
そう肯定してくれる息子の表情、尻尾を見れば分かってしまった。
(やっぱり不安よね)
どことも知らぬ土地に移住するなんて、怖いに決まっている。
若干萎れた尻尾は元気がないように伺え、表情は若干引きつっている。
耳は若干ピクピク動き、あたりの警戒を怠っている様子はなかった。
ここまでの心配をかけてまで、私が移住したいと言った理由。
悪寒がしたからである。
遠くからだった。
その波動は。
だが、私の記憶から、脳裏から、五感から、全神経がその場から離れろと訴えかけてきていた。
その日はちょうど息子の誕生日でもあった。
五歳の……。
感じたのは夜。
夜闇に輝く一つの大きな屋敷。
その屋上から、キラキラと輝く目がこちらに向いたような気がした。
それはきっと気のせいだ。
でも、みられたと認識した脳は一目散に全ての感情をシャットアウトしていった。
体が何かに弾かれるように反対側の森へと逃げていく。
誰に見られたと思ったのかもわからない。
だが、それは確かだった。
恐怖
私が、今まで感じていた、どことない街への恐怖感。
それが何倍の重圧になって一気に迫ってきたような気分だった。
頭の中が痛み出した。
「うぐっ!」
何かを弾き出そうとしているのか、それとも何かを思・い・出・そ・う・と・し・て・い・る・のか。
自分にはわからない。
だが、確かに分かったことはひとつだけ。
「こんな危険な場所の近くで息子と暮らす?ダメよ!」
母性本能なのか、生存本能なのかはもうわからなくなっていた。
ただ、一心で息子を守りたいと真摯に願った。
その結果が移住である。
「ここはどうかな?」
「いいじゃない!素敵な場所ね!」
広がるは幻想的な風景。
森の中と比べたら、格段に美しい景色だった。
グリーンカーテンのようにツルがかかり、その中心には小さな池があった。
「さすが私の子ね」
額にキスをする。
「………」
長年一緒に暮らしていたからわかる。
耳を折っているのはなでて欲しいのだろう。
「ふふ、かわいいわね」
「ぼ、僕は可愛くなんかない!かっこ良くなりたかったのに……」
「あらあら、十分かっこいいわよ」
「もっと強くなってお母さんを守るんだ!」
「……楽しみね」
無言で抱きつく。
(あぁ、神様。どうかこの子により良い人生を送らせてください)
私はいくら不幸になっても構わない。
だから、この子には精一杯の幸せを、どうか……。
♦︎♢♦︎♢♦︎
息子の………生日……した。
今日も……いい……でした。
♦︎♢♦︎♢♦︎
「今日はいい日にしなくちゃね!」
毎度毎度サプライズをしようとしても、すぐに見抜かれてしまう。
これが定番となっていると言われればそうだが、私は本気だった。
子供に楽しい一日を過ごさせたい。
誕生日なら余計にそうだった。
「今日はとびっきりのサプライズをしなくちゃ!」
私が気合を入れた次の瞬間。
それは消え去った。
「サプラーイズ!久しぶりだねぇ?メアリ」
「!?」
体が硬直した。
動けない。
魔法?
いや、恐怖で体が動かないのだ。
「誰?」
私は至って冷静になっていた。
なぜかはわからない。
「へー?案外冷静じゃん。殺し甲斐がないなぁ?」
「し、質問に答えて?」
「俺はただの道化さ!操ることしかできない、ただのね!」
男は呑気な声でそう告げる。
「それにしても、よく生きてたねぇ?俺がこっぴどく怒られる前にさっさとのたれ死ねばよかったのにさ!」
「何を言っているの?」
「俺の権・能・の・一・部・を犠牲にして殺したと思ったのにさ、なーんで生きてるのかって話」
「知らないわ」
強がりはよくない。
だが、こうでもしないと私の精神は維持できなかった。
「ま、今となっちゃどうでもいいんだけどね。ベアトリスを追っかけてきて正解だったよ」
「ベア、トリス?」
「あんれ?覚えてないの?」
ベアトリス?
「がっ!?」
「おうおう?どした〜?」
頭の中で記憶が反響する。
(ベアトリス?それは何?私は、私は誰だった?)
心の声がそれを止めようとしてくる。
(邪魔邪魔邪魔。必要ない必要ない必要ない)
うるさい。
私は、私は……。
「もう、めんどくさいから殺すね?」
「ま、まっ……」
体の自由がなくなる。
震えも硬直もしなくなった。
ただ、ポーチに入れた短剣がゆっくりと引き抜かれる。
(どうして私がこんな目に……)
涙と赤い液体が周囲に散乱する。
「じゃあね、メアリ。今度こそ」
男は闇に消え去った。
「あ、はは。きょ、今日は、いい日……にするんだぁ……日記……書かなく……ちゃね。毎日………書くって……決めたか、ら」
○月○日
息子の八歳の誕生日でした。
今日もいい日でした。
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