第57話 逃げるが勝ち

「あの、どちら様でしょうか?」


「こないだ会ったよね!?」


「いえ、あなたのような知り合いはいません」


「記憶喪失しちゃってるよこの子!?」


 はいはい、現在何が起きているか分からない人のために、説明しておきましょう!


 私がある日の朝に散歩を行っていたら、変質者(勇者)に捕まり、誘拐(同行)させられそうになっているところです。


「で、なんですか?ちょっと、目障りなんですが?」


「初めて会ったときとだいぶ性格変わったね!?」


「変わってません。それよりも、ついてくるのやめてもらっていいですか?」


「そういうわけにはいかないよ。君の強さの秘訣を探るまでは俺は諦めない!」


 何を思ったのか、この勇者。

 私が強いと勘違いしているらしい。


 いったい誰に吹き込まれたのやら……。


「だからついてこないでください!」


「だから、ちょっと教えてくれても……」


「もういいです!私が逃げますから!」


「え?ちょ」


 私は走り出す。

 街中だが、そんなのお構いなしだ。


 一応全力疾走で駆け抜ける。

 音速あるんじゃないか?


 ってぐらいの速さである。


 だが、そんな簡単には逃げ切れないのが、勇者である。


「そんな早く走らないでよ!」


「うるさいですね!お世辞を言っても従ったりしません!」


 まじで、こいつ並走してくるんだけど。

 普通にキモいからやめた方がいいと思うで。


「あ、ミレーヌ!この子を止めてくれ!」


 ミレーヌ?

 聞いたことあるようなないような名前だ。


 その疑問が解消される前に、ミレーヌさんらしき人物が私たちの前に飛び出してくる。


「って、はや!ごめーんトーヤ!私じゃ無理だわ!」


「えぇ〜!?」


 どうやら無理だったらしい。

 長いストレート髪の赤髪ね。


 覚えたかんな!


「じゃあ、グルトス!止めてくれー!」


「了解だ!」


 今度はスキンヘッドのガタイがいいおじさんが出てきた。


(もうめんどくさいなぁ!)


 ミレーヌさんのポーチからちょっとばかりダガーをくすねる。

 そして、そのスキンヘッドに投げつける。


「うお!?」


 横に飛び退いて避けるが、すぐに立て直しこちらを見据えている。


(まだよ!)


 魔法の思念を飛ばし、指先で操作する。

 ダガーが急カーブしスキンヘッドのほうに飛んでいく。


「あ、っぶねー!すまん!俺も無理だ!」


「まあ、そうだよね……」


 苦笑いをする勇者。

 それに対して、私は必死で逃げる。


(もう、ほんとやだ!これ以上手札を晒させるつもりか!)


 なんてセコいんだ!

 この勇者たちは!


(私の思い描く勇者像が崩れていくのが確かにわかった。


「『身体強化』」


「あ……」


 もうめんどくさいんで、身体強化のバフをかける。

 まあ、多分これでもついてこられるだろうから、前方に見える数十メートル先に転移しながら、私は逃げるのだった。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「ふう、ここまでくればいいでしょ」


 北に向かって全力疾走をかまし、現在森を抜け、通称『凍てつきの大地』的な感じの名前の場所まで来ていた。


 あんのさ、その場所の呼び名なんて知らんからさ。

 まじで、覚えてない。


「でも、ここは本当にそんな呼び名で呼ばれてるの?」


 目の前に広がるのは、まあまあ豊かそうな大地だった。


 地面は草一面となっていて、平原が広がり、たまに崖、たまに山みたいな至って普通の大地だった。


「確かこの奥にあるのは吸血鬼の国だった気がする」


 前世の記憶を辿れば、私たち人間の戦争に乗じて、獣人の国を潰したのが、ここの吸血鬼の国だった。


「ま、せっかくだし探検しますかね!」


 ちょうど崖になっている場所から飛び降りる。


「ひゃっほーい!」


 スカートがめくれてしまうが、誰もいないのでめっちゃ楽しいだけというね!

 ってか、逆に寒く感じるぐらいだわ。


 夏なのに、風のせいかな?

 一応、冷気耐性をかけておく。


「楽しいぃー!」


 着地をきれいに決め、平原を走り回る。


「こういうのしてみたかったんだよね!」


 みんな一度は思ったことあるでしょ?

 誰もいない野原で駆け回ってみたいと!


「もっかいジャンプ!」


 また崖から飛び降りる。

 だんだん地面が下がっているような、段々型の大地になっていると今気づいた。


「着地っと!」


 ふわっと、着地を決めたあたりで、目の前の景色が変わっているのに気づく。


「あれ……あれが吸血鬼の国かな?」


 なんか、でかい建物が一つ。

 黒い金属でできていて、それが遠くからでも邪悪な雰囲気を漂わせている。


 目のいい私には見えた。

 鉄格子の折のような部分がむき出しになっている。


「おぉぅ、なんか思ってたよりやばそうだな……」


 こんなきれいな土地なんだから、もっとポップな感じの国かと思えばこれだよ。

 でも、文句があるわけでもない。


 部外者が文句言える立場かと言われれば違うってことだ。

 だから、私からはお城の様子にとやかくいう権利なんてものはない。


 ついでに言えば、私が不法侵入しても問題ない。

 なぜなら、吸血鬼の国とは国交を結んでいないため、幾ら侵入しようと、自国に迷惑がかかることはない。


 ただし、治外法権ではないため、普通に裁かれるけどね。

 故に私はやりたい放題できるのである!


「なんかやばそうな城だね」


「ええ、本当にあんな場所……が……?」


 体の五感が全力で喚いているような気分だった。


「なんでここにいるんでしょうかね?」


「頑張って追いかけてきたんだよ」


「いや、そんレベルじゃないでしょ!私、魔法まで使ったんだよ!?」


 こいつはダメだ。

 武器を使っても勝てる気がしない。


「まあ、それは今更として……よくベアトリスくんはこの風景を見ても平然といられるよね」


 勇者があたりを見渡す。


「なんで君付け?しかもなんで名前を……」


「いや、なんか男の子っぽく見えちゃって……あと、名前は知ってるよ」


 だからなんでだよ!


 なんでみんな私のことを君付けで呼ぶんだよ!

 しかも、名前に関しては答えになってねえよ!


「で、景色がどうしたの?」


「怖くないのかなってさ」


「どこがよ、こんなにのどかじゃない」


 こんなに草花が咲き乱れているのに、怖いとはなんぞや。


「これをのどかとな?……………やっぱり、様付けの方がいい?」


「どうしてそうなるのよ!」


 でも、どうにも話に違いがあるような気がするんだが?


「もしかして……」


 そう思った私は魔法を発動させる。


「『解除キャンセレーション』」


 自らにかけた魔法。

 魔法の効果を解除するもの。


 そして目を開けてみる。


「デスヨネー」


 あたりの風景が一変する。

 生えていた木々が枯れ果て、色が真っ青になる。


 大地には一切草が生えておらず、まるで凍ったかのようだった。

 崖には花の一輪を咲いていない。


「あーこういうことね」


「どういうこと?」


 つまり、私はいつからか幻覚にかかっていたと……。

 多分、どこかの崖の辺りで結界でも張ってあったのだろう。


(確かにこれは怖いわ……)


 ………………………………………。


「よし、帰るか!」


「え?」


「じゃあね、勇者!」


「いや、転移するんだったら俺も連れてってくれよ!」


「嫌だよ!ストーキングしてくるような人とは絶対に嫌だもんねーだ!」


「えぇ………」


 勇者が引いているようだが、そんなの関係ねぇ!


 そんなわけで、私は転移で速攻逃げ帰るのだった。

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