第35話 いいこと教えてあげる

「この本もいいじゃん!」


 私は書物庫を漁っていた。

 リュース辺境伯の書物庫にはうちにないような本が大量に置いてあった。


 例えば、医療に関する本や、魔術の本、そして、一番重要なのが……帝王学の本である!


 これを欲していた理由としては、家出計画に多少なりとも必要だったからである。


 まあ、今度は国王にでも恩を売ろうかな、って思ってたら、この結論にたどり着いた。


 言ってしまえば、私は前世での記憶から多少の未来なら把握している。

 つまり、これから起こりうる大事件なども全て記憶しているのである。


 これすなわち!


 事前に学んだ帝王学、これを用いて、子供ながらにも説得力のある話をすることによって、国王の感謝の念を煽ろうという魂胆である。


 私も恩が売れるし、国王も国の危機を一つ救えてラッキーという一石二鳥の計画なのである!


「よし、これも『映像記録レコードアーカイブ』」


 この魔法は本当に便利である。

 記録したい映像を魔法の鏡で写し、それを魔力に転写して記録するというなんとも画期的なものなのだ!


 これを用いれば、もはや本などを買う必要はなくなるわけだが………。


「あまり使う機会はなさそうだな〜」


 正直にいって、私の家はお金持ちである。

 まあ、ほぼ王家みたいなもんだしね。


 血筋が似通っていてさ?

 公爵家でさ?


 ほぼ王家となんら変わらない。


 そのくらい、この国では権力を持っている。

 そんな人のもとには自然とお金も集まってくるわけで………。


「ま、人生こんなもんよね」


 必要ではないものがあったとしても、時と場合によれば、必要となりうるかもしれないし………。


 私は記録を持ち帰り、自分が一時的に貸し与えられた部屋まで戻る。


 辺境伯の家………そりゃあ豪華よね。


 うちの家とほとんど同等の豪華さを誇っている部屋だった、私の貸し与えられた部屋は。


 辺境伯って、侯爵くらいの地位があったはずだから、それも納得だけど……。


 上級貴族に分類されるのは伯爵から。


 辺境伯、侯爵、公爵。


 一時期は子爵もそうだった。


 その中でも有力なのは辺境伯と公爵である。


 辺境伯とは、国の端に位置する領土を収めている。

 そこで、他国と戦争になった時は真っ先に狙われるわけだが、それを警戒してこその辺境伯。


 実力あるものしか、その地位にはつけないのだろう。


 きっとリュース辺境伯も何かしらの称号が王から与えられてたんだろうな。


 レイとヴェール………二人の娘は全く違う才能を持っているようだけど………もしや、聖騎士?


 聖騎士………パラディンは、法術と剣術に長けたものが得られる称号である。

 この国ではそこまでの数がいなく、聖騎士であるだけでもかなりの注目を集めることだろう。


 聖騎士求められるのは単純に強さ。

 魔物の暴走を沈める時とかに派遣されるので、かなり重要な役割を担っている。


「だとすると、レイの才能は法術………」


 そんなことを考えているとーー


「し、失礼します」


 トントンとノックの音が聞こえる。

 声が若く、幼い。


 下手したら私よりも年下なんじゃないかと思うほどだった。


「あ、レイ?」


「え!?なんで、わかったの?」


 いや、だって、こんなに若い声でこの家にいそうなのってレイしかいないのよ………。


 ヴェールさんはもっと……こう……イケメンな声してるからさ。

 だったらレイしか考えられないってわけ。


 それに、私のこの目つきを見て、入ってこようとする使用人がいるわけなく、唯一レイだけが、霊体を通じて、関わっていた女子なのだ。


「勘」


「すごいです!」


 なんだか、悲しくなったので、言葉を濁す。


「入りまーす」


 ドアが開き、ゆっくりとその姿が見えてきた。


「!?」


 アルビノだと言うのは知っていたが、見るのは初めてだった私にしてみれば、それは驚きのものだった。


「ど、どうも」


 とりあえず、挨拶をする。

 その姿は死人だった。


 なんか歩く死体みたいな感じになっていた。

 顔面蒼白なのは当たり前として、今にも死にそうなほどのフラフラ具合、夜更かしでもしたのか、目の下にものすごいクマができている。


 そして、何より、左手に巻かれた包帯がとてつもない雰囲気を出していた。

 なんか、闇を感じる………。


「直接会うのは初めてだよね、私が本物のレイだよ」


「なんか、印象だいぶ違うね」


「あはは……よく言われるよ」


 苦笑いを浮かべた表情はなんだか前世の私と似ている気がした。


(いやぁ〜私も拷問された後、同じ牢獄の子にあんな表情向けてたなぁ〜)


 なんとも感慨深い………なんてことはないが、少々かわいそうに見えてくる。


「ねえねえ」


「ん、どうした?レイ」


「覚えてない?」


 ん?何がだ?


 私、レイと何か約束したっけ?

 忘れっぽい性格をしているわけではないが、記憶が飛ぶことってあるんだね。


 これが、老化現象!?


「えっと、なんだっけ?」


「ほら、『いいこと教えてあげる』って、言ってたじゃん」


「いいこと………あ!思い出したわ!」


 確か、私がレイを脅………大変申し訳ない気持ちを持ちながら、言葉を遮った時の話ね。


 その時にいいこと教えてあげるとか言ってたっけ。


 捉え方によっては、変な人に見られそうだったな、あのセリフ。


 前世で見たことある。

 エルフの森に行った時に、女性が男性にナンパしてる時に、使ってた言葉だと、今初めて気づいた。


 だが、まあ………子供だからね、しょうがないね。


「何を教えてくれるの?」


 そっか、何か教えなきゃいけないんだ。


「う〜む」


 特にこれと言って、教えてあげたいものなんてないんだよね〜。

 ただの言葉の綾で言っただけだし〜。


(考えるんだ!私の手持ちの魔法の中にきっと何か面白いものがあるはずだ!)


 ーーそこで私は思いつく。


「魔法でよければ、教えられるんだけど」


「それでいいよ!」


「んじゃ、私の最近考えた魔法ね。もう先に開発した人がいるっぽいけど、許してね」


「全然いいよ」


 私は、その魔法を行使する。


 ーー瞬間、私の姿が消える。


「え?どこいったの?」


 転移した様子はない、とレイが辺りを見渡しているのをしたからこっそりと眺める。


「ここよ」


「え!?どこ?っていうか、いたの!?」


 失敬な、さっきから話していたではないか!


「下下!」


「下?」


 レイの視線が自分の足元の部分に降りてくる。


 そこにはーー


「え?猫?」


 1匹の猫の姿が見えた。


「そう、これが私の開発したというか、パクった魔法。その名も変しnーー」


 最後まで言い切る前に、その弱々しい腕に遮られる。


「可愛いぃ!」


「ちょ、待って!?抱きつかないで!」


 思いっきり猫と化した自分の首部分に締め付ける圧力が加わる。


「ちょっと!一回離しなさい!」


 ーー数分後


「ゼェゼェ、締め付けるのやめてよ………」


「だって、猫を触ったの初めてなんだもん!」


「言い訳はいいわ!」


「………面白くないよ?」


「狙ってないわ!」


 レイの相手というのも存外疲れるものだ。

 気を取り直して。


「この魔法は変身魔法の一種で、何にでも変身できるのよ」


「すごいじゃん!名前とかあるの?名称」


「え、いやそういうのはまだ決めていないけど………」


「じゃあ、決まったら教えてね!」


「うん、それはいいとして………これを君に伝授しよう!」


「うんうん………え?」


 どうしたんだ?

 いきなりニコニコ笑顔のまま固まってしまったレイ。


 肌白なのが相待って若干怖い。


「え?」


「え?」


「私が覚えるの?」


「うん、そうだよ?」


「無理でしょ」


「できるでしょ?」


「……………」


「……………」


 え?


 何この謎の沈黙は!


 誰か状況を説明して!


 私は話す内容が思い浮かばず、とりあえず催促する。


「じゃあ、やってみて!」


「できるか!」


 レイ、本日一番のでかい声を出すのであった。

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