第34話 影から伸びる手(×××視点)

「いいなぁ〜いいなぁ〜遊びたいなぁ〜」


 影からこっそりベアトリスを眺める。


「あぁ………私だって、遊びたいのに………」


 思わず、自らの邪悪な気配が漏れてしまった。


「あぁあ!バレちゃったよ………」


 こちらに、彼女の意識の波………魔力が流れてくるのを感じる。


「一旦逃げる!」


 私は自らの魔力を用いて転移する。


「はぁ」


 ため息を吐く。


「でも、やっぱり私の目は間違ってなかったのね!」


 最高だ、最高だ!


 歓喜に再び魔力が漏れる。


「私が魔力を漏らすまで気づかなかったのは………及第点だけど、よしとしよう!」


 濃い魔力を持つ私の存在に気付かないというのは、単なる鈍感か、私の実力が上がったか。


「どちらにしても遊・び・相・手・には申し分ないわね」


 これでまた、数年待てばきっと私と同等の強さになれるはずだ。


「どうやって倒そうかしら」


 笑みが漏れる。


「私の相手になれる人なんて、いつぶりかしら!ここのとこ数十年はあってないな………」


 大賢者を名乗っていた奴が唯一私と対等に渡り合えたけど、勇者たちが割って入ってきたものだから決着がついていないのだ。


「あいつはいつか殺すとして………問題はベアトリスちゃんよね」


 どこまで成長してくれるのか、あの歳であそこまでの強さを得たのだったら将来がの楽しみである。


 この時点では、私と彼女にはとんでもないほどの実力差がある。


 それはそれは一方的なものになるであろうことが目に見える。


「だったらいっそのこと私が鍛える?」


 私が直接出てしまったら、まずい。

 これでも裏の人間なのだ。


 簡単には表の世界での強者とは戦わせてくれないのがこの世の摂理。


「“薔薇“が飼ってるっていってた魔物でもぶつけてみようかしら?」


 雑魚をぶつけたところで意味はない。

 だが、それを何かを守りながらのものであれば?


 簡単に言えば、誰かを守らなければいけない状況を作り出し、そこにスタンピーどを起こしてぶつける。


 ただ、それだけ。


「それと、彼女のレベルって今幾つなのかしら?」


 レベルを上げるためには魔物を狩るしかない。

 これはまだ理由が解明できていない現象の一つだった。


 そして、ベアトリスのレベルによっては鍛え方の方針が変わってくる。


「雑魚を大量にぶつけるか、あの“傀儡“野郎でもぶつけるか?でも二人って顔見知りだったよねぇ………」


 五年前の任務では成功したらしいが、今回の任務は大失敗もいいところだ。

 叱責したい気持ちもあるが、遊び相手を生かしておいたのはこの上なく称賛に値すると、彼女は勝手に思っていた。


「とりあえずは雑魚でもぶつけてみようかしらね!うん、そうしよう!」


 そうなれば、今後の予定も考えなくてはならなくなってくる。


「えっとぉ。十歳前後にもなれば私と互角に遊べるよね。だったら、『計画』の実行は成人する前くらいがいいかな?」


 それまでに私も力をつけないと………。


「あはははははは!久しぶりに楽しめそうねぇぇぇ!一緒に遊び殺し合いましょうね!」


 彼女の高笑いに反応するが如く大地が揺らめく。

 そしてーー


「あははは……はは……」


 高笑いを止めて彼女は中空を見つめる。


「覗き見は趣味が悪いわよ?」


「いたぶるのが趣味な君には言われたくないな」


 影からヌルッとその人物が現れる。


「“傀儡“。あんた任務に失敗したのに、なぜそう堂々としているわけ?少しは申し訳ないとか、思ってよ」


「あはは!それこそ、君に『腰抜けはいらん!』って殺されてただろうね!」


「正解」


 彼女が転移した先は、“薔薇“のアジトだった。

 無論、その中に待機している薔薇の構成員がいないわけがない。


「あんたは謹慎中?」


「そうみたいだね、一人も殺せなかったから、罰として一年は平凡に過ごさなくちゃいけない羽目になったよ」


「あんたのとこのボス、手厳しいわね」


「本当だよ、だからこそボスをやってるんだろうけどね」


 いつも通りの嘘か本当かわからない表情で、彼はそう告げる。


「それにしても、君が笑うなんて久しぶりだね。何かいいことでもあったのかい?」


「ええ、いい遊び相手を見つけたの」


「おいおい、手加減しないと壊れる玩具で遊ぶくらいなら、大賢者さんと戦ってくれや。あの人、いつも俺たちを邪魔してくるからさ」


「あいつはいいの。いつか殺すから」


 はいはいわかりました、と頭をやれやれと振る“傀儡“。


「それにしても、そんなにあのベアトリスが気に入ったのかい?」


「ええ!あれは楽しめそうよ、私と似たような権能を持ってたの!」


「つまり僕の権能とも近しいってことか」


「あんたの能力じゃ、ちょっと微妙ね。ベアトリスちゃんの劣化版でしかないから」


「おいおい、ひどいこと言うなよな。俺が獲物を奪ってあげてもいいだよ?」


「は?殺すよ?」


 瞬間、空気が重くなる。

 カタカタと机が揺れ、花瓶が床に落ちる。


「ひぃ、怖い怖い。これだからヒステリックおばさんは………」


「ふん!私みたいに操れないとあんたもいつか死ぬよ?」


「君だって、それをずっと維持できるわけではないだろう?徐々に魔力が削れていっているのが証拠な」


 魔力は無限にはない。

 彼女の能力を持ってしても、それは夢のお話だった。


「いいのよ、いつかそれも“止めて見せる“から」


「んじゃ、俺はいつか君を“操って見せる“よ」


「ふふふ、面白いこと言うじゃない」


 笑い声が二つ。

 それは部屋の中に一瞬響き、すぐに消え去る。


「それにしても、ついにあの二人が動き出したね」


「ああ、そんなこともあったわね」


「って、俺的にはそいつら目的でこっちにきたんだけど?」


 彼女にとって、その二人はもはや眼中になかった。

 多少、強い程度の雑魚である。


 それよりも、将来の期待があるベアトリスを気にかけるのは彼女にとって当然の行動だった。


「いやぁ、まさか将軍、僕たちに勘付いてないだろうね?」


「さぁ?私は興味ないわ。そもそも、私はここの構成員じゃないし」


「はは!いつでも入っていいんだからね!」


「遠慮しとくわ」


 将軍………リュース


 それは、数十年前起きた魔王と人類の戦争において、戦場で猛威を振るった宮廷魔導師の一人である。


 大賢者の弟子であり、若くして宮廷魔導師の角にまで上り詰めるその男は、魔人相手にも無類の強さを誇っていた。


 今でこそ、弱くなったが、昔なら傀儡でも勝てなかっただろう。


 だが、所詮はその程度。

 低級の魔人を一体倒せるからなんだと言うのだ。


 その程度でしかない。

 厳しい生存競争下で生きていないものほど憎たらしいものはない。


「君の強さも大概だけどね」


「私?私なんて雑魚よ」


「人類比べるならば、最強の一角だと思うけど?」


「私のお姉様に比べたら、あんたの考えも改める必要が出てくると思うわ。私のお姉様、私の二倍くらい強いから」


「それ、誰が勝てるんだよ………」


「知らないわよ、“予言の子“じゃない?」


「えぇ………無理だろ………」


 彼女の二倍の強さと言うのは、単純に二倍した強さと言うわけではない。


 正確には二乗の方が正しいだろう。

 彼女の言う二倍とは自らの強さの二乗ということになる。


 そんな存在に勝てるとしたら“予言の子“しかあり得ない。

 人間社会に潜り込んでいる優秀な人物からの情報である。


 予言の内容は詳しく覚えていないものの、人類にとって、希望の光になるであろうことはわかっていた。


「ねぇねぇ、予言の子ってさ、ベアトリスじゃね?」


「んなわけないじゃない」


 即座に否定する。

 彼女は自分にとって所有物なのだ。


 誰にも彼女は渡さない。

 自分の手で殺すまで。


「予言ってどんなのだっけ?」


「んん、世界を救う的な?」


「わからないわよ、そんな説明じゃ」


「あとは、真実の愛とか、本当の強さとか、なんちゃらかんちゃら」


「もういいわ、あんたに聞いた私がバカだった」


 顔をしかめ、若干後悔する。


「それはそうと、うちのボスが君のことを呼んでいたみたいだよ?」


「あいつ?」


「そう」


「あの人苦手なのよね」


「へー、そんな風には見えないけど………どう言うところが苦手なんだい?」


「相性最悪よ、殺しづらいわ」


「どんな相性だよ………とりあえず、行ってき」


「わかったわよ」


 めんどくさ気に彼女は転移を発動し、その場から消え去った。

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