第33話 侍女たちの会話(とある侍女視点)

 ベアトリスがちょうど辺境伯領まで向かっているときのことーー


「あ、見て見て!第一王子のシュラウル殿下よ!」


「あぁ〜!久々に顔見れた〜!私、もう死ねるわ」


「ちょっと、まだ死んじゃだめよ!ここからが楽しいんじゃない!」


 侍女たちの会話に出てくるのは、ベアトリス・フォン・アナトレスの婚約者(予定)のステイラル・フォン・シュラウルである。


 シュラウル、もといラウル殿下についての話は様々だが、決まってこの話題だけは必ずと言っていいほど大いに盛り上がった。


 その話題とはーー


「殿下に好きな人ができるなんて!私キュン死する!」


「だから死んじゃだめよ!最後まで見届けなくては!」


 これである。


 幾人かの侍女、しかも王宮所属のものがこんなくだらない話をしていたとわかれば、不敬罪で引っ捕らえられるが、彼女たちはそんなこと気にしない。


 なぜならそこには完璧にグルーミングが発生していたからである。

 有名貴族上がりの侍女がその全てを容認しているのである。


 彼女が嘘の話だといえば、上層部も簡単に不敬罪にすることはできない。

 そもそもとして、上位貴族が多い王宮侍女たちに罪を言い渡すこと自体が簡単ではないのだ。


 それを本人たちもわかっているからこそ、大きな声を出しても問題にはならないのである。


「さあさあ、これからどうなるんでしょうね!」


「私としては、このまま学園で色々青春してほしいですね!」


「あぁ!わかるわかる!それ事故って壁ドンしちゃったり?」


 ここで何名かが昇天しかけたようだが、それはラウル殿下の姿が現れたことによって、なんとか耐え抜く。


「「「お帰りなさいませ、シュラウル殿下」」」


「ん」


 外回り用の上着を脱ぎ、侍女に手渡す。

 その様子からも彼女たちの話を聞いていたわけではないとすぐにわかった。


 こんな話をしていたら引かれることくらい、全員が承知だったのだ。


 そして侍女たちの視線はある場所に釘付けになる。


「お手紙ですか?」


「………ん」


 基本的に、社交界やちゃんとした場所以外では会話をしない殿下。

 だが、それはいつも通りのことであり、家族や繋がりのある貴族、パーティー以外では言葉をほとんど発しない。


 嫌われているというわけではないにしても、いったいどういう意図があるのか、侍女たちには計り知れない。


 ーーただ、話すことが苦手というだけなのはシュラウル本人しか知らない……。


「手紙の相手はどなたで?」


「………ベアトリス嬢に」


「そうですか」


 一人の侍女が勇気を出しきいたことに全員が心の中でガッツポーズをする。


 そう、話の話題になっていた殿下に意中の相手がいるというその本人こそベアトリス嬢なのである。


(さあ、今日はどんな手紙を書かれておられるのかしら?)


 気にすることなく殿下は白紙に何かを綴る。


 最近はこれが日課となりつつある。

 それを静かに見守る侍女たち。


 彼女たちのポーカーフェイスはスパイも驚くほどのもので、内心と外心では全く違う雰囲気を出していた。


 もちろん全員が職務怠慢とも呼べる“妄想“を捗らせているわけではないが、大抵がそうだったというだけである。


 ーー数十分後


 手紙を書き終えたのか、殿下が手紙の前から離れる。


 そこでーー


「どんなことを書かれたんですか?」


「こ、こら!レージェ!」


 一人の空気の読めない伯爵家一人娘のレージェは声に出して殿下に問う。

 彼女の天然というべき才能は今に始まったことではない。


 雑務を任せればあら不思議。

 色々とやらかしてくれるのだ。


 例えば、廊下の汚れを落としてほしいとお願いすれば、なぜかその廊下以外の廊下まで全てをきれいにしようとするのだ。


 洗濯をしてほしいとお願いすれば、使用人から直接洗濯物をかき集めようとしたり………。


 上官への報告を任せれば、話がごちゃ混ぜになり、結局何が伝えたかったのかわからない。


 おまけに、『今日は肌の調子が良くなくて……』と誰かが言ったとしよう。

 普通なら聞き流したり『そんなことないよ』とか言ってお立てるが、彼女は真に受けて、自分の知る限りの全ての化粧の仕方を何時間もかけてレクチャーするなどの暴走ぶりである。


 そして、今日もまた………。

 しかも相手は殿下である。


 これに関しては誰も止めることはできない。

 一度暴走すれば、止めることはできないと皆わかっているからだ。


「え、えっと……」


 口籠る殿下。

 対して、楽しそうなレージェ。


 どちらが上位者なのか分からなくなってきた。


「普通の………内容です」


「へ〜、告白とかではないんですね」


「!?」


「な、何言ってるの!?」


 殿下が恥ずかしそうに頭を下げる。

 顔を隠したいんだろうが、耳が赤いので丸見えである。


(((可愛い!!!)))


 ーー余談だが、殿下は大人の女性を苦手としている。

 理由は話すの疲れるから。


 他にも色々ある。

 目のやり場に困るなど、話す必要がないなど様々。


 だが、一番は手玉に取られやすいからである。

 からかわれる………つまり大体の原因はレージェである。


 レージェのバカな発言をからかわれていると判断し、苦手としているのだ。

 もちろん、侍女たちはそんなこと知らない………。


「そ、そんなことはない」


「でもでも、殿下ってベアトリス嬢のことが好きなんでしょ?」


「え、あ?」


 殿下がこちらを見てくる。

 全員が作り笑いを浮かべて責任逃れをする。


(レージェがいる場所でこの話題は出さないようにしよう……)


 彼女がいるだけで、殿下に勘づかれる可能性がグンと上がるのだ。


「違いますか?」


「え、あ、いや、違う……ことはないけど……」


 恥ずかしそうに服の袖で口元を覆う。


「「「死ねる………」」」


「ん?何かいっーー」


「「「言っておりません!」」」


「………そう」


 殿下のその様子だけで、全員の気持ちは再び一致した。


「殿下はどんなところがお好きなんですか?」


「ちょっと!レージェ………!」


 彼女たちの真の心の声は反映するなら『いいぞ、もっとやれ』だろう。

 もちろん忠誠心はあるが、それよりも探究心が勝ってしまったのだった。


「す、すす好きなところ?」


 吃音気味になりながらも問い返す殿下。


「はい、はい!そうです!」


 レージェも鬼だ。

 彼女には恐怖心なんてものはないんだろうか?


「あえ、うぅ。それはぁ………」


 目がくるくると回っているのが確認できた次の瞬間には、オーバーヒートしたかのように湯気があがるのが見えたような気がした。


「レージェ!そこまで!殿下がお疲れよ」


「あ、すみません!つい気になってしまって………」


 侍女のうち一人が割って入る。


「………うん。ちょっと、頭、冷やす」


 本当の普段通りの単語のみの会話へとシフトチェンジする。

 いつもはあんなに流暢には喋ってくれないのだ。


 殿下がいなくなったのを確認したのち、その部屋の中には三つの勢力が生まれていた。


 一つ目 なんで理由を聞く前に止めてしまったのか!?派


 二つ目 聞かない方が良かったと思う派


 三つ目 そんなことより、ナイスプレイよレージェ!派


 会話を止めて侍女が説明する。


「私たちの使命は、殿下の恋を聞き出すことではなく、静かに見守ることよ!」


「な、なるほど!」


「だから、殿下に恋心を吐露させようなんてもってのほか!私たちは側から見守れるだけで幸せ者なのよ!」


「その通りだ!」


 その部屋の中にいる侍女たちの意見が纏まりつつある。


 だが、そんなことは建前だった。


「それにーー」


「それに?」


「真実を知ったら様々なシチュエーションが想像しにくくなるかもしれないでしょ?」


「た、確かに!」


 全員が納得の声を上げる。


「これからも、私たちは殿下のことを見守るのよ!」


「「「おぉ!」」」


「ん?よく分からないけど、おぉ!」


 少し遅れてレージェも声を上げ、今日も平和に1日が過ぎていった。


 ーー『ある夏の日記』より。


 第33話完

 一部抜粋ーー


 説明 作者の実話をもとに作られた小説である。

 恋愛部門受賞作


 全200話


 あとがき


 今回も見てくれてありがとうございます!

 作者のーー


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 そこから先は何も読み取れなかった。

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