第32話 話題になる②

「私の負けですね!」


「「「はぁ!?」」」


 三人が私の顔を見て驚愕の表情を浮かべている。


(え?何?そんな顔で見ないでよ)


 私の必殺魔法の言葉“負け“


 いやぁ〜これは負けましたわぁ〜!

 レイちゃん強かったわぁ〜!


「え?あの、私何もしてないんですけど!?」


「いやいや、謙遜しなくていいのだよ、レイ君!」


「なぜ、君付け!?」


「なんとなく」


 こういうのは雰囲気が大事なのだ。

 負けを演出するように、私は演技を続ける。


「いやぁ〜!強かったな〜!」


「だから、私は何もしてなーー」


「強かったな〜!」


 何も喋らせたりはしない。

 ちょっとさ〜、普通にこうするのがベストだったのだよ!


 演技とかはしたことないから分からないけど、うまいんじゃない?


 ちらりと、父様たちの方を見る。


 いまだ唖然としている様子だが、まあ………よしとしよう!


「というわけで、負けました!」


「いやいやいや!まだ何もしてないじゃないか!」


「いやいや、ちゃんと戦いましたよ?」


「へ?そうなのか?」


 二人の視線が、レイに注がれる。


「え?私何もしてなーー」


「レイ」


「な、何?」


「後でいいもの教えてあげるから、ね?」


「え、でもーー」


「ね?」


「あ、えっと戦いました、はい………」


 決して脅してはいない。

 ここだけはわかってほしい………。


 二人の顔色を確認しようとする。


「あぁ、えっと……そういうわけです!」


「「……………」」


 もはや、顔が若干歪むほど疑っている様子の二人………。


 確かに嘘なんだけど、流石にここまで疑われるとは思わなかった。


「あれ?私のこと疑ってます?」


「いや、疑うというか………なんというか、なぁ?」


「うむ、ベアはまあ……そうだな」


 二人がため息を吐く。


 え?結局なんなの?

 私のこと疑っていないんだったらなんなの?


「ベアはもう、なんでもありだからなぁ………」


「全て嘘だと思ってないと、何も信じられんな。私は」


「ちょ………それはひどくない?」


 思わず、素が出てしまった。


「というか、あの中でどうやって戦っていたんだ?」


「あぁ、えっとあれですよ!お互い魔力を混ぜた覇気をぶつけ合っていたんですよ!」


「私たちには影響がなかったようだが?」


「えっと、魔法で全て制御して操作したんですよ!」


「ほう………それは…なるほど、納得した」


 ふう、さすが私。

 言い訳をすることに関しては素晴らしい才能があると個人的に思う。


 貴族たるもの、嘘はつけないと始まらない。

 正直者ほど損をするのだ。


 演技は前世でもやったことはなかったが………。

 私には演技する必要がなかったからである。


 約束された将来があったから。

 でも、今回は違う。


 ちゃんと学んでおかなくては………。


「はいはい!そういうわけで、早く帰りましょ!」


「ああ、そうだな」


「納得いかない………あ、いや!素晴らしい戦いだったよベアトリス嬢」


 リュース辺境伯には申し訳ないが、私の計画に危機だったのだ。

 許してほしいです………。


 ーーそこで、私は思った。


(あれ?覇気をぶつけて戦っていれば、レイに負けることができたのでは?)


 私が覇気を浴びせて、挑発すればレイも真似して覇気を出してくれると思う。

 そうすれば、私は覇気を出すのをやめれば、合法的に負けることができたのでは?


 …………………………気にしないようにしよう、うん。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 模擬戦が終わった後、二人は話し込んでいた。

 レイナとヴェールは置いて、三人で屋敷まで帰った後、辺境伯の私室で……………その二人の会話の内容はベアトリスについてのことだった。


「私でも感知できないなんて………」


「大魔導師であるお前がか?」


 リュース辺境伯………彼は大魔導師の称号を得ている男だった。


 この称号について説明するのなら魔法から話していく方がいいだろう。


 魔法を使うものが魔法使いや、魔法師(魔法士)と呼ばれる。

 そして、魔術を扱うものが魔導師と呼ばれている。


 魔法と、魔術の違いは大きく括れば、術式の違いである。


 魔法は脳内で“数学的式“を立てる。

 対して魔術は空間に“魔法陣“を描く。


 難易度で言うならば、魔術の方が難しい。

 頭の中でイメージしたものを、空間………つまりはその場所で描かなければならないのである。


 成功率が高いのは直接地面などに触れて描くこと。

 “大魔導師“にもなれば、空気を切るように指を動かせばいいだけで描ける。


 そしてリュースは後者に値する。


 つまりは大魔導師の称号を得た実力は本物であるということだ。


 ついでに言えば、“大魔法使い“と“大魔導師“の称号を両方獲得したものは、“賢者“の称号が王より与えられる。


 “大精霊術師“と“大妖術師“を得たものは“陰陽師“を名乗れるなど様々だが、やはり賢者が最も有名である。


 彼の有名な大賢者マレスティーナの影響もあるだろう。

 そして、リュースはその大賢者の弟子だったのだ。


 高弟子たちには遠く及ばないにしても、その実力は証明されたと言っていい。


 そんな彼が、魔力の乱れを一切感知できなかった。

 すなわち、ベアトリスが魔力を使った痕跡が発見できなかったのである。


「言い方は悪いが、お前よりも実力が上というのか?ベアは」


「そうなるな。私以上に精密に魔力をコントロールしているあたりそう思える」


 それにーー


 と付け加えて、リュースが説明する。


「魔力を完全に制御しているからこそ、レイナにもダメージを与えられたのだろう」


「どういうことだ?」


「簡単だよ。あのレイナが操る霊体にはどんな攻撃も通用しないんだ。でも、レイナは一瞬怯んだ。これは、霊体を操作する魔力の痕跡を辿り、本体を威圧しなければ、こんなことにはならないんだ」


 それを誰にも悟られることなく行うのだから、まさしく“神童“だなと、リュースは苦笑いを受かべる。


 もはや、彼女の負けたという言葉は信じていなかった。


 ーー実際はレイナことレイがベアトリスの目つきに怯えただけなどと知るのは、レイ本人しかいない。


「つまりなんだ?あの歳ですでに大魔導師を超えているというのか?」


「ああ、あの子なら我が師にも遅れをとらぬほど成長できるだろう。今はまだ師にとってはひよっこ同然だろうがな」


 高弟子たちにもあれでは通用しない。


 あの人たちは霊体に霊体を操作させて、そこから攻撃を行なったりするほどの器量がないと、通じない。


 無論、リュースにはできない芸当だった。


 それを超える大賢者もまた異常なのだが、勇者と名を連ねるあの方なら不思議ではなかった。


「師にも聞いてみるとしよう。予言に出ていないかと」


「うちの娘が“予言の子“であると?」


「そこまでは言わないさ、だがもしそれが正しいのであれば、それは初となる“女勇者“ということになるがね」


「あり得ない………と言いたいが、そうも言い切れないな」


 アグナムの苦笑いの理由………それはーー


「どうだ、復活の兆しは見えたか?」


「先遣隊ではまだ確認できていないそうだ。だが、あの戦いで『魔王』が生き残っている可能性もある、それは確かだ」


 勇者の跳ね返した攻撃で魔王が自爆?

 とんでもない。


 自らが操る“魔“に完全なる耐性を持っていないなど、聞いて呆れる。

 それが、全般の魔術師の抱くはずだった感想。


 実際は勇者の英雄譚に全てかき消されてしまったが………。


「だが、こうして我々元“将軍“、元”参謀“が気づいただけでも重畳であると言えるだろ?」


「参謀というのはやめてくれ………あれはただの恥だ」


「お前の指揮していた軍の勝率は六割を超えていた。魔族相手に異常な勝率だぞ?」


「だが、犠牲にしてしまったものがいるのも確かだ。いまだに私を恨んでいるものも………」


「考えすぎだよ」


 魔族との戦争が終わった今、考えるべきは犠牲者の親族による復讐………魔族の生き残りによる復讐。


 ひどい話である。


 だが、そうなるように仕向けたのもまたアグナム本人だった。


「どうだ、お前の家族は元気にしているか?」


「もちろんだ、ベアはともかく………妻も息子たちもな」


 この質問には色々意図があった。

 リュースはベアトリスに及ばないと思っているようだが、実力的には上回っているのだ。


 だからこそ、彼の変化に気付けた。


 彼の持つ魔力の性質は“統制“。


 性質というのは魔力が示す適切な使用方法だと思ってくれていい。

 つまりアグナムは軍を統制することに長けているということである。


 そんな彼の魔力だがーー


「ん?どうした?」


「いや、なんでもないさ」


 異常に脳部分に魔力が集められている。


 何かを思考している?


 それは一体何?


 そして、一番重要なのが、“家族“に関する情報を聞こうとしたときにほぼ限られる。

 頭の中で一体どんな考えを『統制』しようとしているというのか……。


 アグナムが一体何を考えているのかはわからない。

 だが、リュースは良きライバルとして、よき友人として、彼を見守ることしかできない。


 いまだに謎がある友人だが、リュースはそれを容認することしか今はできなかった。


(いつか、お前の秘密も教えてもらうぞ)


 アグナムも自分もお互いを“親友“と恥ずかし気なく、呼べるようになるその日まで、リュースは待ち続ける。

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