第21話 ベアトリス、誕生日会をする⑥

「『止まりなさい!』」


 その声と共に、周囲の空気が凍りつく。

 いや、違う。


 その場から全・て・の・動・作・が止まったのである。


 もちろん殿下を含めて、貴族たちも………。

 目的であった黒の男もその俊敏な動きを止めている。


「な、なんだ!?」


 男は焦ったように声を漏らす。


(いや、ちょっとやりすぎた?)


 もちろん私がしでかしたことなので、どうしてこうなったのかはわかっている。

 ただ、いきなりすぎただろうか?


 時・期・が・早・か・っ・た・、いや、早すぎた。

 本来であれば、まだまだ先にできるはずの芸当だったのだが、この際関係ない。


「大人しく言うことを聞くことね。死にたくなかったら」


 その言葉で男は抵抗を止める。

 それでいい。


 これどうしようかな?


 私は、この後のことを考えていなかったわけだが………。


「………王国令違反者、二十時、確保」


 私は拘束魔法を男に放つ。

 いやまあ、とりあえずごまかそう。


 捕まえたって功績を聞けば、文・句・を・言・う・人もいないだろう。


「『解除』」


 その言葉が放たれた次の瞬間には、他貴族たちも動けるようになったようだ。


(前世と性能は変わってないみたい)


 それを確認できただけでもメリットが……………ごめんやっぱデメリットしかなかったわ。


 これのせいで多分父様にも情報が言ってしまうだろう。

 そしたら、私の取得するはずの本当の『職業』がばれてしまうではないか!


 適正職が与えられるのは、十歳になったら。

 現在五歳の私はそのスキルを行使できたと知られれば、かなりめんどいことになりかねない。


 というか、そもそもこいつが悪いんだよ!

 いきなり乱入してくんなっての!


 私の誕生日にこんなことが起きるなんて運が悪すぎる。


「ーーか?おいーー大丈夫かな、ベアトリス嬢?」


「あ、はい!すみません陛下」


「いやいや、危機を救ってもらったんだ。感謝を述べるだけでは済まないな、これは」


「滅相もございませんよ!私は感謝されるだけでも至上の喜びと存じ上げます!」


 私はひとまずその場で跪く。

 失礼を働いたらいけない。


 仮にも相手は自分の住う国の王様なのだ。

 ヤバイことをしでかすことはできない。


「あ、頭を上げてくれ」


「はっ!」


 私は自分でも五歳の言動、行動には思えないだろうなぁ、とは思いつつも、前世と同じように振る舞う。


「ふむ、どうしたものか。この者は私の方で………国で預かる。問題はないな?」


「もちろんです!貴方様の決定こそが正しいと信じております故に」


「そ、そうか」


 あれ?もしかして引かれてたりする?



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「それと、貴方。そこから動かないで」


「むむむ?あっれー?予想以上に早いじゃん」


「舐めないで、男一人でどうにかできると思ったの?」


「あれでもプロの暗殺者なんだけどねー。ただの男呼ばわりはかわいそうじゃない?」


 屋根の上にいつの間にか登ってきた少女………ベアトリス・フォン・アナトレスと対峙していた。


(少し時間を見誤ったかな?人形も………壊されたかな?)


「で?どうしたのかな、お嬢さん」


「私にそれ聞く?逆に問い返すんだけど、なんでいるの?」


「それは………どういう意味かな?」


「生憎、今日は私の誕生日なの。だから邪魔者は早々に出てって欲しいな」


「へー、俺は邪魔者か。言えてるかもな」


 懐に忍ばせていたナイフに手をかける。


「全く、本当に面倒だな」


「面倒なのはこっちよ。おかげで手札を一枚晒しちゃったじゃん」


「その言い方だと、まだ残っているのかな?手札」


 無言は正解と捉えていいのかな?

 まあ、どっちでもいいけど。


「そろそろフードとったらどうなの?それと、貴方男なのに、どうしてそんな格好しているのよ?」


 自分の服を見直す。

 ただの服だ。


 フードがついていて、肩やへそ周りに穴が開いているだけの、だ。


「しょうがないじゃないか、これしか服はなかったんだ」


「男でもそんな服着るのね」


「世間話で時間潰しているのはばれてるからさっさと始めようよ」


「……………」


 徐々に徐々に結界が強まっているのを感じる。

 きっと『転移阻害』などがかかっているのだろう。


 ここから逃げたくば足で、または仲間でも呼んでもらうか、だな……。


 そして、もしくはーー


「お前を殺すか、だな!」


 俺は足を踏み出す。

 スキルで強化した身体能力で、屋根を踏み鳴らす。


 スキルとは、職業によって異なる。


 支援系のものもあれば、強化系もある。


 戦士系のスキルには『腕力強化』『看破』などがある。


 もちろん俺は戦士タイプじゃないので、そのようなスキルは持っていないが…。

 それでも、この娘を殺すには十分だろう。


「『止まりなさい』」


「………!?」


 体の動きが完全に停止した。


「これは………どういうことかなお嬢さん?」


「簡単よ、ちょっとだけ私もスキルを使っただけ」


「スキルだと?こんなスキルは存在しないだろ?」


「あるわよ?」


 言葉を発しただけで、動きを止められるようなスキルがあってたまるか。

 きっと何かのでまかせだろう。


「これって、俺の負けかな?」


「最初から負けてると思う」


「そうか、でもーー」


 俺は言葉をきる。

 そして、紡ぐ。


「今は俺の勝ちだ」


「えーー?」


 娘が振り返った瞬間、その剣は振り上げられていた。


 ーーそして、死んだ。


「いやー危なかったわー」


「『危なかったー』ではないぞ?普通に死にかけだったろ?」


 剣についた血を払いながら、仲間が声をかけてくる。


「そんなことないもーん。頑張れば勝てたもーん」


「お前………近接戦苦手なくせに、無駄なことしやがって。普通にいつも通りの戦法でやればよかったものを………」


「はいはい、文句は後でお願いねー」


「っち。ボスにはしっかり報告しておくからな」


「え!?それはないよーゴルくん。俺と君の中じゃないか!」


「すり寄るな、気持ち悪い」


「じゃあ、取り消して?」


 俺は、スキルを発動し、脅す。


「わかった、だから俺を操るのはやめてくれ」


「もちろんさ、人形にするのはゴミだけって心に決めてるからね」


 ちょっと気に入ってた人形はさっき倒されてしまったようだが、問題ない。

 こちらで排除できたのは上々だ。


 これで残すは二人。

 メアリはもういない。


 王弟も戦えやしない。

 ヘレナは戦力外。


「これで、完璧だ」


「油断はするな、時期に気づかれる」


「わかってはいるけどさ」


 だが、一番の障壁は壊した。

 あとは、復讐するのみ。


「「黒き薔薇に幸あらん」」



 ♦︎♢♦︎♢♦︎




「あれ?」


「ん?どうしたかな?ベアトリス嬢」


「いえ、なんでもありません」


 結構まずい事態になったぞ。


(分身殺された?)


 魔法とはすごいものだ。

 体も分裂させられるのだから。


 って、それはいいんだよ!


 え?まじで?

 自分の実力を過信していたわけではないけど、負けたの?


 視線は感じていたから、警戒はしていたはずだよ?私の分身も。

 殿下は気付いていない様子だったが、転移する寸前で、分身を一人残しておいたのだ。


 流石に一人は視線のやつに狙われる可能性があったからだ。

 だけど、本体である私が国王陛下の元へ向かったのは、完全に優先度を考えた結果だ。


 正直恨む気持ちは殿下には残っていない。

 だが、国として考えたら、確実に現国王を守ったほうがいいだろう。


 確か、前世の記憶が正しければ、殿下が五歳の時、弟が生まれていたはずだ。


(それを考えるとやっぱりね………)


 私は効率重視なのだ。

 だから、魔法だって三歳となるべく早く覚えた。


 でもーー


(今思ったら、鍛える必要はもう無くなったんじゃない?)


 今まで鍛えたのは必要なことだからだったが、今となってはもう不要。

 だってさ?


 今日この日に恩を売れたわけじゃん?

 恩を売れたことすなわち、少しは私を優遇してくれる。


 恩人になったわけだからね。


「では、ベアトリス嬢。貴殿に何か褒美を取らせたいと思うのだが、何がいいか考えておいてくれるかね。今度、我が王宮にーー」


「いえ、褒美はいりません」


「そ、そうか?では私の息子とのこんやーー」


「一つお願いしたいことがあります」


「なんだね?」


 あっぶねー!

 国王抜かりなさすぎだろ!


 危なく婚約ルートに行くところだった。

 だが、私のお願いは決まっている。


 これをすることによって今後の計画がかなり有利に進められるだろう。

 その願いとはーー


「殿下の友達にならせてください」

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