第20話 ベアトリス、誕生日会をする⑤

 静かだったは・ず・だ・っ・た・


 ーー瞬間、閃光が走る。


 俺は何が起きたのかわからなくなっていた。

 先ほどまでは目の前にいベアトリス嬢と会話を交わしており、その楽しい時間を過ごしていたはずだ。


(あ、いや、まだ楽しいと認めたわけじゃ………って、そんなのはいい!)


 心と自問自答している場合でもない。

 襲撃?


 真夜中、月の光よりも明るいものがない空間にも関わらずに、それ以上の眩い閃光が迸っているのは、襲撃以外に考えられない。


(大丈夫だ。落ち着いて二人で逃げるんだ!)


 襲撃にあった経験は何度かある。

 その毎回が何かしらの要因で視界を奪われていた。


 毎度毎度の日常の一部化していたため、油断していたが、よくよく考えれば、男児と女児二人の時なんて絶好のチャンスだったのだろう。


「あ………」


 視界が開ける。

 そして目の前にいたのはーー


「べ………ベアトリス嬢?」


「あら、ごめん遊ばせ。少々態勢悪かったですね、殿下。すぐに排除いたしますから」


 いつも通り、というか、さっき通りの笑顔で彼女は淡々と襲撃者と思しき人物の攻撃を捌いている。


(勇者?)


 自分の脳はもはやまともに動かなくなっていた。

 常識とはかけ離れた非現実的な事態が目の前で起こっていたからだ。


 片手で、顔を黒い何かで隠した男の攻撃を受け止めている。

 しかも、太い枝で………。


「ユーリと遊んでいた時の枝が落ちていてよかったわ。それと不意打ちってちょっとひどくない?」


「……………!」


 その男は明らかに動揺していた。

 先ほどまでの俊敏な動きが嘘のように固まっている男に対して、ベアトリス嬢は続ける。


「のちに裁判にかけますね。判決は殺人未遂、貴族………うん!確実に死刑ですね!」


 それには自分も同感だ。

 王族の後継と公爵家の一人娘を襲ったのだ。


 だが、彼女の口からそんな言葉が出てきたのが驚きだった。


(勇者も時には残酷になるのか………)


 いい勉強になる。


「っち!」


 男は剣で枝を弾く。


(本当に枝か?)


 折れていないのが本当に不思議である。


「?やっぱり早いなぁ。今・の・私・じゃ追いつけそうにないな………」


 彼女でも追いつけない?

 確かに俺には剣を振った様子すら見破れなかった。


 だが思えば当然でもあった。

 子供相手に大人が………。


「ふん!当たり前だ!」


 黒の男は再び、目眩しをして、視界を奪ってくる。

 しかし、またもや視界を奪われたのは俺だけだったようだ。


「二度も同じ手を喰らうと思ったの?」


「………化物め」


(先ほどの目眩しは食らっていたのか………どんな反射神経だ?)


 俺の気にするべきところではないが、彼女の実力を見て、はっきりとわかることがあった。


(近衛兵レベルじゃないか!?)


 冒険者でいうと、Bランクにあたる。

 基準としては、高ランクに位置付いていることから考えても、彼女の実力………そして黒の男の実力も窺えるだろう。


 二人は打ち合う。

 何度も何度も………。


 ただ、時期に実力の差は明白になってくるわけで………。


「っくそ!」


「あれ?もう終わり?大人しく捕まる?」


「まだ、まだだ!終わっていない!」


 すると、何度目かの閃光が走る。


「あ!待ちなさい!」


 彼女の声から察するに、何処かへ逃げたのだろうか?


「あ!待って待って待って!そこには入るな!っち!」


「ベアトリス嬢?」


 印象の違う新たな面に俺は困惑する。

 それを悟ったのか、いつもの調子に戻った様子のベアトリス城の声が耳に入ってくる。


「殿下!少しばかりお一人になってもらいます!私はネズミを排除いたしますので!」


「ちょ、それはどういうーー」


 言い終わる前に閃光での光が抜けていく。


「あ、あれ?」


 目がはっきりしてきた頃にはもう誰も残っていなかった。

 ほんとは誰もいなかったのでは?と、錯覚させられるようなそんな気さへした。


 そこには再び、夜の静寂が戻りつつある。


「待っていろと言われてもなぁ〜」


 明らかに、待っていたら新たな刺客がやってくる可能性がある。

 ここは外なのだから当然といえば当然なのだが……。


「一度戻るか」


 父上に説明なしに飛び出してきてしまったので、そろそろ戻った方がいいのは明白だ。


 俺は、とりあえず玄関口に向かう。


 ーーそして、何気なく上を見上げる。


「気のせいか」


 何かに見られているような気がしたが、流石に俺の勘違いだったようだ。

 俺は足早にその場を後にする。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「おやおや、気付かれてのか」


 警戒していなかった第一王子にさへ居場所がバレかけるなんて、俺の腕も落ちたものだ。


「あの、ベアトリスというやつは気付いていたようだな」


 だからこそ、こちらに注目していたおかげで人形の奇襲に成功したわけだが。


「さらには、俺のことを注目するあまり、人形の侵入を許すとは……所詮は我々の敵ではないか………」


 ガキだ。

 相手は……。


「まあ、下見は十分だろう」


 今回の目的は公爵家令嬢の実力を把握するためのもの。


「あれよりも強いのはうちの中でもいくらでもいるんだ。焦る必要はない」


 待っていろ、公爵。

 お前だけは地獄に送ってやる。


「黒き薔薇に幸あらん」



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 あーもう!めんどくさいなー!

 さっきからこっち見てんの誰よ!


 正直言って気が散るから、言動が時々おかしくなりそうなんだけど。


『あらあら』とか、私言わないからね!?


 というか、黒いやつもやつだよ!

 なんで中に入るんだよ!


 逃げろよ!

 私は手加減してやってんだよ!?


(狙いは国王ってか!?ふざけんなよ!)


 疑われるのは私の家族だって言ってんだろ!(言ってない)

 ここで死なせるわけにはいかないんだよ!


 そして、一つ思ったんだけどさ。

 殿下が近くにいると、私って不幸になりやすい?


 正直、殿下の頭撫でていた間は少なくとも至福の時間だった。


(子供だから断罪されないだろうと思って、感傷に浸っていた私の時間が!)


 婚約破棄する前にこれぐらいはいいだろう!?

 お別れの挨拶的なつもりだったのに!


 殿下を置いていくのは悪いけど、ちょっとだけそこにいてね。

 どうやら屋根から、覗いている輩も逃げ腰のようだし。


 そうして私は転移する。


 ーー転移した先は案の定国王陛下の真上。


「きゃあああ!」


 どこぞの貴族令嬢の絶叫が一緒に聞こえてきたがそんなものは気にしない。


「邪魔だ!」


 私の声に反応したのか、男はこちらを向く。

 その隙に私は背後から前方に回り込む形で攻撃を防ぐ。


「ご無事ですか!?陛下!」


「あ、ああ」


 魂が抜けてような返事ありがとうございます!

 って絶対大丈夫じゃないじゃん!


「身体能力が私よりも高いのは褒めてあげるよ」


 冷静に私は敵を煽る。


「俺よりも素早く動いて見せたくせに……ムカつくガキだ」


「その生意気な口、取って欲しいの?」


「ふん!望むところだ!」


 再び開かれる火蓋。


 私は枝からナイフに持ち変える。

 流石に本気で戦うのであれば、木の棒は私の腕の速さについて行けずに折れてしまう。


 リーチはこっちの方が短いが、扱いやすいのだ。


「『転移』」


「!?後ろか!」


 さすがは殺し屋と言ったところだろうか。

 いや、殺し屋なのかは知らないけど、ここまで私の動きについてこられたのはこいつが初めてだろう。


「あんた『職業』は何?」


「『暗殺者』」


「だったらバレた時点で逃げればいんじゃない?」


「……………俺のプライドが許さないんでな」


 男の声が一瞬揺らいだ。

 明らかに動揺していた様子だ。


(理由は一体………まあいいや、とりあえずはなんとかするのが先よね)


『転移』を使って私は相手を翻弄していく。


「っく!どこに行った!」


 私は背中にナイフを突きつける。


「動かないで」


「!?」


「王国令十二条『王族に外的危害を加えることを禁ずる』。これ、お分かり?」


「………」


 よっしゃ決まった!

 そう思い、私は気を緩める。


 ーーだが、それがいけなかったのだろう。


 バタンという音と共に、殿下が玄関口から入ってくる。


「な!?殿下!?」


「ふ!油断したな!」


「あ、ちょーー」


 私の拘束を振り払い、男は殿下目掛けて駆け出していく。


(っち!だ・か・ら『止まれ!』って言ってんでしょ!)


 私はそれを言葉に吐くのだった。

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