チエコ先生とキクちゃんの水平思考クイズ【44】危険な香り【なずみのホラー便 第133弾】

なずみ智子

危険な香り

【問題】


 実桜(みお)さんの高校時代からの友人・英玲奈(えれな)さんは、物凄い美人というわけではありませんでしたが、誰をも本能的に惹きつけずにはいられない不思議な魅力を生まれながらに持った女性でした。

 彼女がただそこにいるだけでその場の空気も変わるため、実桜さんはもちろんのこと、同性異性問わず、皆が英玲奈さんにはメロメロでした。

 そんな愛され体質の英玲奈さんであったのに、男性の趣味は独特にも程があり、暴力的でいわゆる”危険な香り”のする男性にばかり惹かれていました。

 そして、英玲奈さんは二十歳そこそこで授かり婚をしてしまいました。

 しかも、交際前にも友人一同が声を揃えて「あの人だけは絶対に絶対に絶対にやめといた方がいいよ! もっと他にいい人がいるって!!」と猛反対していた男性にのぼせあがった末の授かり婚でした。

 案の定、結婚してからというもの夫の英玲奈さんに対する暴力と独占欲は年々酷くなっていったのです。

 お医者さんや店員さんであっても男性と話すのは禁止、スマホも取り上げられ、四歳に成長した娘にまでも暴力を振るわれるようになった英玲奈さんは、ついに娘を連れて逃げ出しました。

 英玲奈さんは怯えきっている娘さんを抱きかかえ、実桜さんが一人暮らしをしているアパートにまで避難してきました。

 痣だらけの英玲奈さんに驚いた実桜さんでしたが、危険を承知で英玲奈さん母娘をかくまうことを決めました。

 ですが、数時間もしないうちに、英玲奈さんの夫が実桜さんのアパートまでやってきたのです。

 なんとも恐ろしい執念です。

 実桜さんは、玄関先で「英玲奈たちはここには来ていないけど。それに私は英玲奈たちの行き先も知らない」と毅然とした態度と迫真の演技で応対しました。

 けれども、鼻をスンと鳴らした英玲奈さんの夫は、実桜さんの嘘を一発で見抜いてしまいました。

 実桜さんの顔面を拳で数発殴りつけ、部屋の奥で震えていた英玲奈さん母娘を連れ出そうとしました。

 ですが、鼻血を噴き出し前歯も折られ血だらけとなった実桜さんが必死の110番通報をしたため、駆け付けた警察官たちによって夫は逮捕されました。

 さて、なぜ英玲奈さんの夫は実桜さんの嘘を一発で見抜いたのでしょうか?


 

【質問と解答】


キクちゃん : あの…………問題文内ではサラッと書かれているんですけど、英玲奈さんの夫は怖いし、最低ですね。最低なんて次元を通り越した人間の屑ですよ。妻の友人を……しかも女の人の顔をグーで殴りつけるなんて……!!


チエコ先生 : …………厳しい意見を言うようだけど、この事件、英玲奈さんは確かに被害者なんだけど、無関係の実桜さんを巻き込んだ加害者の一人でもあると思うわ。夫が結婚後に豹変したのならまだしも、結婚前から友人皆に大反対されていた相手にのぼせあがった末の授かり婚だもの。授かった子どもには何の罪はないけれど。自分たちを匿っていることがバレたら実桜さんだって酷い目に遭わされることは予測はついていたでしょうに。


キクちゃん : 実際に巻き込まれた実桜さんは、酷い目に遭わされていますものね。PTSDになってもおかしくないほどの。もはや、新たな被害者が生まれてしまったとしか…………この実桜さんですが英玲奈さんの夫に「毅然とした態度と迫真の演技で応対しました。」とありますね。この箇所から考えるに、実桜さんの様子から嘘を見破った可能性は非常に低いと推測されます。英玲奈さん母娘が部屋の奥にいることを察さずにはいられない何かがあったのかと……。英玲奈さんの娘さんはまだ四歳とのことですし、事態を理解できずに声を出してしまったり、泣き声をあげてしまったりしたのでしょうか?


チエコ先生 : NO。娘さんはまだ四歳で幼かったのけど、自身も父親に暴力を振るわれたことがあったから、とても怖がっていたの。だから、母親である英玲奈さんの腕の中で声の一つも出すことができず震えていたのよ。


キクちゃん : 胸の痛くなる光景ですね。となると、玄関先で何か英玲奈さん母娘が中にいると分かる物が……例えば英玲奈さん母娘の靴が玄関のたたきに出しっぱなしになっていたのでしょうか?


チエコ先生 : NO。実桜さんはそういったことも想定して、英玲奈さん母娘の靴はちゃんと隠していたわ。


キクちゃん : そうすると事前の目撃情報でしょうか? 共通の知人から”英玲奈さん母娘が実桜さんのアパートに逃げ込んでいくところを見た”などといった目撃情報が夫のスマホに届いていたのでしょうか?


チエコ先生 : NO。夫は、英玲奈さん母娘が逃げ込んだと思われる先をしらみつぶしに訪ねて行っていたの。でも、他の人の所には英玲奈さん母娘はいないと確信できたのよ。


キクちゃん : ……だとすると、身体にマイクロチップでも埋め込まれていたとしか……いや、でもそれならしらみつぶしに訪ねていく必要はないわけですし。今回の問題は難しいですね、うーん……。


チエコ先生 : キクちゃん、今回の問題を解くためには問題文の前半に注目してみて。英玲奈さんの魅力について書かれているのだけど、単に「可愛い」「優しい」「お洒落」などといった理由なら、ここまで文章を割く必要ないと思わない?


キクちゃん : そうですね。やたら長いというか、変わった表現ですよね。「誰をも本能的に惹きつけずにはいられない」とか、「ただそこにいるだけでその場の空気も変わる」とか……特に「本能的に」には引っ掛かりますね。魅力を紹介するにしても、あまりこんな言い方はしないのではないかと。


チエコ先生 : キクちゃんのひっかかった箇所と英玲奈さんの夫が実桜さんの嘘を一発で見抜いた箇所を結び付けてみて。


キクちゃん : 「鼻をスンと鳴らした英玲奈さんの夫は、実桜さんの嘘を一発で見抜いてしまいました。」ですか…………ん? 「鼻をスンと鳴らした」? 鼻を鳴らす? …………あ! もしかして、英玲奈さんは生まれつき良い香りがする体質だったのでしょうか?


チエコ先生 : YES。人間の体の香りというか”匂い”って様々なものがあって、中には好まれないものもあるけど、英玲奈さんは皆が本能的に惹きつけられて好むようなすごくいい香りのする体質だったのよ。例えるなら『源氏物語』の”薫の君”(注)みたいなね。

(注)……『源氏物語』宇治十帖の中心人物の一人。表向きは光源氏の正妻・女三宮の息子であるも、柏木衛門督と女三宮の不義密通によって生まれた子。


キクちゃん: ……ということは、玄関先には英玲奈さんのいい香りが残ったままで……それを嗅いだ英玲奈さんの夫は、実桜さんの嘘を一発で見抜いたのですね?


チエコ先生 : YES。正解よ。



(完)

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チエコ先生とキクちゃんの水平思考クイズ【44】危険な香り【なずみのホラー便 第133弾】 なずみ智子 @nazumi_tomoko

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