第4話 かばんとおつきさま

 気がついた時、有紗は暗闇に囚われていた。

 真の闇に違和感を浮かべ、おもむろに指先を天へと伸ばした。

 しかし、それもすぐに硬く拒まれてしまった。

 緩慢に抵抗へ手足を四方添わせていくと自身が箱の中に臥せられていることに気がつく。

 多少は慣れてきた眼をくるりと回す。

 置かれた身の上の上か下かの見境ないまま、ふと二人の男の会話が耳に届く。


「――そしたら、鞄の中から出てきたんです」

「それがあの子だったと」

「ええ、犯人はその場で現行犯逮捕でした」

「なぜまた彼女を狙ったんでしょう」

「さあ、新聞には“そんなつもりじゃなかったのに、あの子と目があった瞬間熱に浮かされたようにどうしても手に入れたいという衝動が抑えられなくなってしまった”とか何とか」

「ほう……それは」

「まあ、あの頃のあの子と言えばまるで本物の天使のようでしたからね、思わず手が伸びたのも無理もなかったかもしれません」

「それは犯人にも同情の余地があると」

「いや、別にそういう訳では――」

「犯行時は、あなたが彼女と一緒にいたんですね」

「それは……まあ、そうです」

「昼中の住宅街、それも高い塀に囲まれた家の庭で男性の子守と一緒にいた彼女を攫って逃げるとは随分無謀で大胆な犯行ですね」

「えっ、ええまあ僕はその時は丁度仕事の電話していて――」

「ええ、貴方はその日のその時刻にたまたま子守りを頼まれて、たまたまそこに誘拐犯がやって来たという具合ですね」

「その、目を離した一瞬に連れて行かれてしまって、僕も本当に反省はしてますが――」

「以上で結構です、どうもご協力に感謝します。」

 ドアを開く音が聞こえ、ややあって一人分の足音は遠ざかって行った。

 訪れた静寂にひと安心した途端、有紗の感覚は鈍く、重たくなっていく、そうして意識は眠りの底に沈んでいく。

 夢の入り口で微かに舌足らずな幼い女の子の弾むような声が聞こえた。

 ――おそらにあながあいて、まあるいおちゅきさま、ゆらゆらしてる

 ――ちゅぎはどこにいこうかなあ

 ――うるさくて、まぶしくて、へんなにおい

 無邪気なその声に有紗はこれまで初めて寄る辺のない気持ちに陥った。




 天蓋の付いたベッドに小さな影がある。

 夢から覚めた有紗は薄く目を開いた。

 部屋の窓とカーテンは開け放たれている。

 差し込む月光がその儚い身を夜に薄め溶かそうとしていた。

 そうして、有紗は重たい体でやおら寝返りをうった。

「わたし……ゆめを、みてた」

 おぼろげにそう呟くと、またうつらうつら瞼を閉じた有紗の寝息が部屋に散った。

 よりどころのない天井の蝶のモビールは浮世のしじまに縷々るると円を描く。

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